ここから先に光は〜難病からの帰還目指して〜その9
なんと、月がかわっているではないか。それもすでに中旬。とうに桜の季節は過ぎてしまった。桜。無論桜の名所と検索して出てくるはずはないが、この病院とお隣の精神科病院の間、駐車場、グランドには何千本という桜が咲き誇り、シーズンには出店も出て花見で賑わう。曇りガラスではっきりしない外はしとしと雨が降っているらしい、なぜ自分はいまもここにいるのだろう。外へ行きたい、帰りたい。
またぼんやりしていると父が様子を見に来る、繞失禁だから看護婦さんの手を煩わさずにひとりで歩けるようにならないとね。
(にょうしっきん?)
おもらししたんだろうか。全然記憶にない。するとお口に甘いスイーツもポンと四角に入る妻夫木くんも足首に鎖もシャンシャンシャンも全部まぼろしだったんだろうか。こうしちゃいられない、帰らないと、焦ってもどうしようもない。
横になる、ベッドから見える窓はどこかのトンネル
(?闇への入口?)
に繋がっている、見ているうちにまた夢まぼろし。映画館にいる。ただいまから「変な家」を上映します、アナウンスがある。また変な家か、前にもどこかで・・・と思っているうちに、はいそれでは障害をお持ちの方々のために画面が逆さになります、当館だけの試みです、うわ楽しみ、周囲が暗転して。暫くしても何も起らない、あれれ? と惑ううちに、画面前、前列いちばん前。映画館の支配人と客席のひとりが会話。本日はこのような席を設けてくださりありがとうございました。いえいえこちらこそご来館ありがとうございます。私はこんな体なものですからなかなか映画を見れなくていえいえ何でも仰ってください仕事ですから、ありがとうありがとうひしと支配人を抱擁する支配人も抱き返す、映画本編よりも感動的な場面展開。
真夜中なのに下半身に手、なにごと。真っ暗なのにパンツが降ろされ引き剥がされてごしごしタオルをあてがわれ着替えさせられる。時間はわからない、やがて闇に日が差して、歩行器、体重計、お薬を。
いつもと違うのは新聞の代わりにばさっと分厚い物体が、え?
東野圭吾?
いつの間にか好きな作家はと聞かれたらしい、あまり考えずにベストセラー作家の名を挙げていたらしい。分厚いのは小説ではなくコミック、人気作家は漫画も描くのかと変な解釈をして読み始める。タイトルは忘れてしまったのだが多分コレ↓
「東野圭吾ミステリースペシャル レイクサイド」
頭に入ってこない。なんだか謎解きが素通りする。おかしい。思っている間に歩行器がやってきて、違う病室に入れられた。ああ闇の入り口に繋がっている病室のほうが良かったのに。夢の続きが見たかったのに。帰りたい、お母さんお父さん、どうしてここにいるの。以来、夢まぼろしは過ぎ去って、現実との戦いがはじまった。