愛の鞭
2024年 2月26日(月)
昨日の景色…
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さていつこの脚の痛みがとれるでしょうか…
〈気になる記事・後半…〉
室井佑月氏、元フリーアナの公認取り消し騒動に「他人の過去の失敗を見つけてきて喜ぶ人が多い」
(記事本文抜粋…)
作家の室井佑月氏(53)が26日、自身のX(旧ツイッター)を更新。衆院東京15区補選(4月16日告示、28日投開票)で国民民主党から立候補予定だった元アナウンサーでタレントの高橋茉莉氏(27)が公認内定を取り消された問題について私見を述べた。
高橋氏は25日未明、自身のXで
「国民民主党から、『立候補を断念しろ』と言われ、涙をのんで引き下がることに致しました。理由は、ラウンジで働いていた過去があるからです」と投稿。
ただ
「生活保護を経験し、頑張って奨学金で慶應を卒業しましたが、多額の返済が残りました。多額の返済が長期に残らないよう、1日でも早く返したいという気持ちが強く、一時期ラウンジで働きました。それが悪いこととして立候補できないのであれば、『底辺で頑張る女子は一生チャレンジすら許されない』のでしょうか」
と投稿した内容に関して、生活保護を受けていた時期にラウンジで働いていた場合、生活保護の不正受給に当たるのでは? との疑問の声がX上で出ていた。
室井氏は
「ラウンジやってた時に生活保護をもらっていたこと、それが立候補するとなった今、発覚し、立候補がダメといわれてるなら、『当時はよくわからなかった』といって今お金を返せばいいだけじゃね?」
と疑問を投げかけ、
「グラビア時代に行き過ぎた発言があっても、『当時は仕事で。今はもちろんそんなこと思ってない』といえばいいだけじゃない? 人はみな変わる。今が大事」
と、ほかの例も挙げて持論を展開。
「なんだかな、他人の過去の失敗を見つけてきて喜ぶ人が多い。見ていて嫌だな、て思う。その人たちを止めたいからの余計なおばちゃんからのアドバイスなんだけど、『はい、昔のことについては私の失敗。でも、今は違うから信じて』といえばいいのに。違うかな?」
と思いをつづった。
👉今のこの時代…。
SNSであったり…
週刊誌であったり…
とにかく人の過去のアラ探しのオンパレード…。
それで人の全てを否定するかのような世の中となって来ました…。
確かに「駄目なことは駄目」なのかもしれませんが…
そんな人間の過去やその過ちを“許す”ことも、わたしたち人間には必要な一部分なのではないでしょうか…。
一度の過ちで…
その人の一生を台無しにして、再起不能にしてしまうには、あまりにも酷なように思います…。
もちろん…
その過ちの程度とレベルにもよりますが…。
カトリック教会には“懺悔”という告白と許しの行為があります…。
その宗教の教えや内容は別として…
その人の心の中にある罪の意識のトゲを、神父さん相手に告白し聞いてもらうことで、そしてその反省の心を述べることで、別に神父さんがその罪の意識を許す訳ではありませんが、自分で自分のその罪の意識を開放することに繋がっているように思います…。
大切なのは…
誰かにその罪を許してもらう訳ではなく…
自分自身でその罪の意識のトゲを取ってあげることなのではないでしょうか…。
でも…
それに蓋をしたり誤魔化したりして隠し通そうとしたり、正直に反省してやり直そうとする姿勢を見せない事自体が問題なような気がします…。
そして…
そのようにして…
いつまでもその自分の罪の意識に蓋をして、誤魔化し、隠し通そうとして、その罪の意識を心の中に持ち続けていると、それがいつしか雪だるまのようにどんどん心の中で大きくなって行ってしまいます…。
やがてそれは…
自分で自分を追い詰めてしまうことに…。
そうならないように…
その人をいつも見守りサポートしてくださっている守護霊のような存在が、いろんな事象を起こして何度となくその人に『早く気づけ』『早く認めろ』『早くやり直せ』とその事象を見せて、その事象を通して、その人に伝えようとしてくれています…。
大事なのは…
どのような罪を冒そうとも…
それを自分で認めて、自分で反省して、自分でやり直すこと…。
それを残りの人生の中で行動で示して行くこと…。
それは誰か他人に対してするというよりは、特に自分自身に対して…。
なので…
誰かに見せる必要はなく…
あくまでも自分で人知れずでも行動し続けることが大事なような気がします…。
それでも…
それをいつも見届け見守ってくれている守護霊のような存在はそれを観ています…。
その存在と自分が知っていれば、それで十分ではないですか…。
あわよくば…
誰か一人でも他人が知ってくれていたらそれがベターですが…。
この世に起きるあらゆる出来事やその事象というのは…
もしかしたらそんな視えない存在が、わたしたち人間のために何かを教えようとしてわざわざ起こしてくれているものなのかもしれません…。
それはその人間に対する罰や戒めではなく、あくまでも本当にその人その人間のためを思った『愛の鞭』なのかも…。
その時は苦しいけれども…
その時はそれが分からないかもしれないけど…
いつかきっと…
その存在の『愛の鞭』であったことが分かる日が来ます…。
そしてそれに“感謝”する日が…
「かわいい子には旅をさせろ」
そんな気持ちで…
わたしたちの成長を願っている存在が、わたしたちひとりひとりの側にいつも寄り添ってくれています…
〈気になる記事・前半…〉はこちらから…
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