エフェクチュエーション往復書簡③ しなやかなロバストネス
しづのさん
お返事ありがとうございます。
京都に住んでいるということ、本当にうらやましいです。
「今夜はお月見ですね」という挨拶の雅さにはしびれました。とある作家さんが、「京都に住んでいるということ、それだけで作家としてアドバンテージがある」と言っていた意味が分かりました。京都独特の奥ゆかしい雰囲気には、土地の影響というのが多分にありますね。
さて、見た目は全く同じ行動であっても、人によってエフェ的な行動とコーゼーション的な行動があるというお話、驚きでした。
言われてみればその通りです。
自分なりに整理してみると、
コーゼーション;自分の予想の範囲内。計画を立てて、その通りに進める。
エフェクチュエーション;ノープラン。あまり考えずにとにかくやってみる。
と言う感じでしょうか。今回の気づきは、自分の行動がエフェだったのか、コーゼーションだったのか振りかえる必要がある、ということです。ここはしっかり考えないといけないと思いました。
話は変わりますが、しづのさんが「ダメだったら、やめればいいや」と気づき、行動することが今に繋がっているということ、興味深く拝見しました。
「ダメだったら、やめればいい」、そう思えない場合って結構あります。特に深く何かに入り込んでしまっていると、簡単にはそう思えません。でも、そんな時だからこそ小さなきっかけや言葉、気づきで大きく視点が変わることってありますよね。
自分も同じような経験をしたことがあります。
会社でライン管理者になり部下が出来たときのことです。突然ふってわいた大量の仕事をこなせず、なんとかギリギリで仕事を仕上げまわしていく、という日々が続いていました。
しかも、なんとも運が悪いことに、そんないっぱいいっぱいの時にパワハラな元上司にからまれたのです。
電話やメールで罵倒されるのは当たり前。ランチタイムに会社近くの中華料理屋で延々と怒鳴られたこともありました(もちろん人前です)。
とても苦しく、一時期、眠れなくなりました。
そんな時に、友人の言葉が自分を救ってくれました。
「失敗したっていいじゃない」
ありふれた言葉です。でも、そのとき、失敗したら終わりだと思い込んでいた自分にとっては救いでした。
ダメ出しをされつづけると、心が委縮し、一つもミスは許されないと思い込んでしまいます。全てを完璧にしないといけない、と信じ込んでしまいます。パワハラを受けていた時の自分がまさにそうでした。
でも、誰しも完璧になんてできるはずがないのです。友人のこの言葉のおかげで、「あっ、失敗してもいいんだ」と思い、肩の力が抜けたのを、よく覚えています。
完璧というと、思い出す言葉があります。
それは、「フラジャイル」と「ロバスト」です。
この2つの言葉は、システムやプログラムを表すときに使われます。(※1)
フラジャイルなシステムとは、
「間違いがなくきっちり動くが、ささいなミスには弱いシステム」のことです。
フラジャイルというと、荷物を送る時の「壊れ物注意!」のシールで目にすることが多いかもしれません。フラジャイルはもともと、ガラスや陶器のように割れやすいものを表現する時に使われる言葉で、日本語に訳すと「脆弱」です。しかし、英語のフラジャイルには、弱いだけでなく、ちゃんと動けば完璧なもの、という意味も込められています。(※2)
一方で、ロバストは、
「ちょっとした間違いがあっても、止まったりしないできっちり動くシステム」のことです。
ロバストを日本語に訳すと、「頑健」になりますが、英語のロバストには「いい加減」という意味も含まれます。
フラジャイルは壊れやすいの完璧、ロバストはいい加減だけどきっちり動く。
なんだかよく分からないですよね。
自分達が日常良く使うアプリ、これはほとんどフラジャイルなシステムです。
アプリはある目的を達成するためにつくられ、毎回その通りに動きます。
例えば、paypay。paypayは本来150円を払うべきところを、毎回必ず150円払ってくれます。払うたびに130円だったり、170円だったりしたら困りますよね。
毎回、設計者の意図通りに完璧に動くシステム、これがフラジャイルです。
ところが、このフラジャイルなシステム、小さな間違い(この場合はバグ)があると、システム自体が動かなくなってしまいます。
例えば、2024年7月に世界中のWindowsが動かなくなるという事件がありました。これも一つのセキュリティプログラムの間違いから引き起こされています。
一方で、先にも書いた通り、フラジャイルと異なり、小さなミスがあってもシステムやプログラムが停止したりしない。これがロバストです。
そんなものあるかいな? と思うかもしれないですが、実はロバストは私たちのすぐそばにあります。
それは、ヒトを含む「生命」です。(※3)
生命はまさにロバストです。生命はゲノムという設計図に基づいてつくられます。生命の設計図であるゲノムには、生きている間に「変異」とよばれる間違いが必ず発生します。
紫外線や放射線を浴びるとき、ウイルスに感染したとき、細胞が分裂するとき、親が子に遺伝子を引き継ぐとき、さまざまなタイミングで変異は入ります。
でも、ちょっとした変異が入ったからといって、「生命」というシステムは停止しません。紫外線を浴びたからといって死ぬことはありません。
もし生命が一つでも変異が入ってしまったら停止(=死)してしまうフラジャイルなシステムであった場合、何か間違いがあるたびに生命は死んでしまいます。生命がフラジャイルなシステムならば、もうとっくの昔に地球上から消え去っていたでしょう。つまり、生命はちょっとした間違いがあっても動く、ロバストなシステムを使うことで地上で繁栄してきたのです。
実は、生命が間違いを許容できるロバストなシステムを採用することで、もう一つ大きなメリットを得ています。それが、「進化」です。
ロバストはミスを許容すると書きましたが、生命の間違い、突然変異には3つの種類があり得ます。
① 何も起こらない間違い
② 致命的な間違い
③ 役に立つ間違い
ゲノムに小さな間違いができても、ほどんどの場合、何も起こりません。これが①です。
逆に致命的な間違いというのも稀にあります。例えば、ガンの原因も遺伝子の変異です。
一方で、極まれですが、エラーが入ることで生存や繁殖に有利になることがあります。これが子孫に受け継がれ少しずつ蓄積することで生命は進化してきたわけです。
生命はロバストというエラーが入っても大丈夫、というちょっといい加減なシステムを採用することで、さまざまなエラーを蓄え進化してきました。
そう考えると、完璧であることってあまり重要なことではないと思うのです。
むしろ、失敗しても、エラーが入っても、それを取り込みながらも生きていく、ことが重要だと感じます。
今までの地球の歴史で生き残ってきた生物は強い生物ではありません。変化に適応できる生物が生き残ってきました。
完璧は求めない。間違いはするけれども、間違いをも取り込みしなやかに生きる。生命って、エフェクチュエーション的だと思いませんか?
私なんて、と思う人は多いです。でも、完ぺきではないからこそ変われるし、成長できる。少なくとも生命は今までそうやって進化してきたのです。
重要なのは、完璧でなく、変わっていけること。ついこないだあったネガティブなことや失敗だって、長いスパンで見たら、ポジティブな面が必ずあります。
最初にパワハラ上司のことを書きました。今でもその人のことを許してはいませんが、感謝はしています。というのも、あの時、パワハラを受けていなければ、今、ここにいることはなかったからです。しづのさんと往復書簡をしていることもなかったでしょう。
宮沢賢治が、『銀河鉄道の夜』でこう書いてます。
“「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」
「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」”
なんて深い言葉なのでしょうか。宮沢賢治、流石です。
今なら、「いろいろなかなしみもみんなおぼしめし」だと思えます。
エフェクチュエーターはこのおぼしめしを、無意識的に理解しているんじゃないかと思います。だから、失敗は失敗じゃないのです。「ダメだったら、やめればいい」し、「失敗したら、やり直せばいい」。ただそれだけです。しみじみ。
さて、しづのさんの質問への回答です。
「講座を終えて心境の変化などあったのでしょうか?」
正直言って、変化したようなしていないような気がしています。
でも、一年前の自分なら、しづのさんに往復書簡をお願いするなんて厚かましいことはできなかったでしょう。そういう意味では、以前よりも少し、厚かましく、無責任になれたのかもしれません。
そう言えば、11月に憧れの京都に行きます。「京都ウルトラウォーク」に参加するためです。
この大会では標高差1200m、総長103kmを寝ずに歩きます。
この参加をポチっとできたのは、エフェ的な部分とコーゼーション的な部分が混ざっているように思います。
今年、東京エクストリームウォーク100という100キロ歩く大会に参加し、完歩したので、100kmウォークがどんなものなのかはおおよそ予測がつきます。この部分は、コーゼーションです。
一方で、東京エクストリームウォークの時は師匠と仲間がいましたが、今回は一人での参加です。知らない土地を一人で歩く。仲間がいなくても完歩できるのか、これはもう自分の予測の範囲を超えています。ここはエフェなのだと思います。
個人的には、京都ウルトラウォーク、とても楽しみです。今回参加を申し込んで気がついたのですが、どうしようもなく京都に呼ばれている自分がいました。
憧れの京都を100km歩く。それだけでもうワクワクが止まりません。そして、予測不可能なドッキドキもあります。
ワクワクやドキドキは人生のスパイスです。ワクワクやドキドキがあるからこそ、イキイキな人生がおくれるのだと思います。
このワクワク感はエフェ的な行動には必須じゃないですか?
しづのさん、最近ワクワクを感じたのはどんな時ですか?
※1 フラジャイルとロバストはこちらの本を参考にしています。
※2 実はガラスは鉄より硬いそうです。でも、ガラスが鉄より強いと思っている人はあまりいません。ガラスが鉄より硬い印象が無いのは、ガラスは固いけれどもしなやかではないからです。しなやかではないので、限界以上の負荷がかかると簡単に割れてしまいます。逆に鉄はしなやかなので、形が変わることはあっても、割れることはありません。
※3 実はもう一つロバストなシステムがあります。それはAIです。最近、ChatGPTに始まる生成AIが流行ってますが、AIってたまに間違いますよね? たにせんさんがエフェライフで華頂大学の積先生を呼んでくれたのは、深い意味があったのではないかと自分には思えます。
※ロバストは形容詞なので、題名はロバストの名詞形、ロバストネス、としました。
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