ドミトリーといびき
父のいびきは、かなりパワフルだ。
母はそのいびきにより、何度も眠れぬ夜を過ごした。コントラバスのような音を奏でる事もあれば、ゴジラの鳴き声のような時もある。
母は父のいびきに打ち勝つために、耳栓やノイズキャンセリンググッズを駆使したが、結果は惨敗。父のいびきはそれほどの破壊力と攻撃力を持っているのだ。
僕は今、一人でベトナムの首都ハノイに来ている。お金もあまり無いため、宿はバックパッカーが集うドミトリーに決めた。
小さな部屋に、2段ベットがぎゅうぎゅうに配置されており、僕の寝床は2段ベットの下だった。
その上には、鼻の高いヨーロッパ系の男性。
そして、反対側のベット上下には、イカしたアメリカ人がいた。
ハノイを冒険し、酒に酔い、夜も深くなったのでドミトリーベットに身を沈めた。
疲れていたのか、ぐっと睡魔が襲ってきた。
そんな時、聞いたことのないような音が耳を掠めた。ッハっと目が覚め、その音がどこから聞こえ、なんの音なのかを確かめるために、耳の力を最大限開放させ、集中した。僕の耳によると、それは横のドミトリーベットに眠るイカしたアメリカ人達が奏でるいびきだ。父のいびきと音量は対して変わりないが、とても健やかで軽やかなスマートいびきであった。数分経つと、彼らのいびきはスピーカーのつまみを捻るように、音量が増していったが、全くもって不快ではなく、むしろ古典的な音楽を聴いているような感覚になっていった。僕そのまま深い眠りについた。いい睡眠だったかどうかは定かではないが、確かに気持ちよく眠れたのだ。気持ちの良い朝を迎え、ハノイの街を冒険しようとした時、ふと父のいびきを思い出した。