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まぼろし

白菫

「考え方って沢山あるね」とその人が言った。
私もそう思う
可能性を絶やしたくなくて、一つに絞りたくなくて、正解なんて見付けたくなくて、私はそう思うようにしてるだけだけど、彼は「答えだ」と言った。
そこが私と彼の違うところ

「あなたの考え方は何?」

思考を追い求めてあるアプリを入れた。誰かと会話したかっただけなのかもしれないし、ただ寂しくて入れただけかもしれないけれど、思考を追求したくてって言った方がかっこいいと思うの。
依存して裏切られた人がいたから、話しかけてみただけ。私だったら裏切らないのになんて思いながら。話を聞くと彼は、彼女に何度も裏切られたけれど諦めきれず、彼女とまた話したいと願っていた。私は彼ほど酷い扱いをされた経験はないけれど、興味関心や話すことが私と似ていると思った。彼の話はいつも唐突でバラバラ。ランダムだったけど、私と違うところは、彼の芯がしっかりしているということ。
彼はすぐに人に心を開ける人だった。私が壁を作っていることには見向きもせずに、ただ自分のことを、気持ちを、スラスラと話して紐解いていった。ただただ私は圧倒されていただけだったのだけれど。ただ彼の話に耳を傾けて、彼の話に未熟な私が意見するの。変じゃないのかな、なんて思っていたけれど。彼はそんなこと気にしてなくて、私の意見を受け入れて、すごいすごいと褒めた。私の意見なんてそんな大層なものではないのに、彼はそんなこと気にした様子もなく、ただただ楽しそうに、辛そうに、脈絡もなく話すの。
彼の話にはなんとなく繋がりがあって、彼の彼女(元カノになっていたけれど、彼女って書いた方が彼は喜びそうだから、敢えてここでは彼女にしておく。)、仕事、社会心理、そのどれもが私を魅了した。別段興味があったわけではなかったけれど、彼が話すと面白さを見出せた。話を聞くのが楽しくて、何時間でも話せていられそうだった。
彼は彼女のことを「悪魔」と呼んで、もう諦めるんだと話すけれど、彼は彼女の話をやめることはなかったの。でもそれを聴いていて、飽きるわけではなくて、彼女への愛が深いことを私が知っただけ。「不思議ね」なんて思う。私は、彼の思いを彼女が受け止められなかったことが、ただただ悲しく思えた。彼のことを憐れんだのか、彼女のことを憐れんだのかわからなかったけれど、私にはそのどちららも正解だったのだと思う。受け止めることができない彼女と受け止めてもらえない彼。どうしてめぐり逢い、結ばれた糸が絡まってしまったのか、彼はずっと考えていたのかなと思う。彼が言っていたように、「彼女は本当に悪魔?」なんて考えも私にはあったけど。それ以前に私は彼の味方になってしまったから彼女の肩を持つより先に彼の同情してしまうなんて考えてる。

彼は彼女に会いに行くって言ってた。彼女と約束したから。「ああ、彼もだ。」約束を約束として、結果を見ているのね。
彼女との電話。彼女が泣いてかけてきた電話の話を彼が私にした時、彼の声が明らかに嬉しそうだったのを感じた。その時、私は「そうだった、彼の心は彼女の元にしかない」って実感した。「こんなにもすんなり実感することなんてあるんだ。」って新たな一面を知った。彼の隠せない性格を知った。彼はきっと喜怒哀楽を自由に、全身を使って表現して、それでいて私よりも冷静でいられるんだって思った。
彼の傷はすぐには癒えなくて、時間がかかると思う。彼はすぐに決着をつけようとするけれど、懸命な彼を見ていると「無理だよ」なんて言えなくて、代わりに「頑張って」って言ってしまうの。

「私は偽善者?」

彼のことを全部知ってるなんて口が裂けても言えないけれど、多分彼は自分を納得させて、自分の中で腑に落としていくんだろうって思う。これは私にはできないことだし、他の人も簡単にはできないことだと思うの。彼は私をすごいと言うけれど、彼の方がよっぽどすごいのにって私はいつも思うの。
彼は私が諦めた、「信じてる」ってことを追い求めてる。信じるって口では言っても一番信じていないのはいつも私だったのに、彼は「信じてる」を実現させる。そんな力、「どこで身に付けたの?」って聞けるかな。
でも彼は私に「なんで」って聞くの、私が答えを知っているはずもないのに。真実すらも愛の力で覆るって信じてる彼は私には眩しくも辛そうに見えた。でもね、そんな彼が「恋愛なんていらない」って言うの。きっとウソ。彼がつく中で一番ひどい嘘。私の前で嘘を言わないって言ったのに、私に言った。そんな彼が嫌い。「嗚呼、この人も先に行ってしまうんだ。」
彼は私に依存していると言った。
だけど依存しているのは私の方だと何度も思う。そう思うとなんだか悲しくて、置いてけぼりにされたみたいになる。いつも感情を全面に出してくる彼は、私には悲しくて、でも溌剌として見えた。「正直に」と彼は言うけれど。

「正直って何?」

私には彼について何も知らないんだなって思い出させるだけなのに。それならいっそのこと、全て嘘であればいいのに。
彼の気持ちや思い、考え方までが、彼女のことでいっぱいなのに、私にまで愛を注ごうとする。そんなところが嫌い。何も分かってないのは君だよって言えるはずもなくて、でも言いたくて、いつも曖昧に振る舞ってしまうの。「どうしてそんなに彼女で染まっているの?」彼女のどこが、何が好きなの?私を見てとは言わないけれど、「周りを見て!」あなたを好いてくれる人はこの世にごまんといるのに。同じように彼女を好きになる人もごまんといるのって伝えたい。誰も彼を置いていかないし、彼女を置いていかない、置いていかれたって勘違いするの。みんなそう。みんな置いていかれてるなら、みんな一緒の場所にいるのに、それに気づくのはいつも難しい。

彼女と彼はお互いのことを「神だ」って言い合った。
彼は私に「君も神だ」と言った。
私にはわからなかった。

「神って何?」

私の友だちは考え続けてる私たちは「偉い」と言った。
私の胸には刺さらなかった。

「偉いって何?」

彼は自分が依存体質だから都合良く使われると言ったけれど、私を都合良く使っているのは彼の方じゃないの?私と話すと落ち着くって言うけれど、彼が自分で解決していくのを私がただ聞いているだけよ。私は何もしていないのに。でも人が人を都合良く使うのが社会なんじゃないかな。それを変えることなんてできるのかな。みんなが喰い喰われで成り立っているのが社会だと思うの。だから、お互いに使い合えばいいじゃない?でも彼はそれを良しとしないのね。でも多分彼は自分が誰のことを都合良く使ってるのかを知らない。彼だけじゃない。みんなね。知らぬが仏なのかもしれない。使われたときは敏感になって、傷つくのに。不思議ね、人って。だから面白いって思う。儚くて、悲しくって、でも美しくって、愛おしい。だから人間なんだなって。私も、彼も、彼女も、みんなとおんなじ人間。

私が依存しているから、もう離れて失う恐怖から解き放たれたかった。これが間違いなのも、人を傷つけることも知っていた。知っていたけれど、見ないようにした。だから彼から少し離れてみることにした。私のわがまま。彼は私をもう信じない。私が彼に求めていたことは何だったのか、もう私にはわからない。何も求めてなかったのかもしれないし、何か求めていたのかもしれない。だけれど、もう今更どうでもいい。
頭によぎる偉人の言葉。「助けることが人生の目的、助けられなくてもせめて傷つけることはしない」でも自分の感じる恐怖にはいつも勝てなくて、弱い私が嫌い。幼い私が嫌い。自分を愛せるようになりたい、そしたらもっと人を愛せるのかな。彼のように。「やっぱり大人だな」なんて思う。自分を愛して、人を愛す。人を愛すのってとっても難しい。私には程遠い夢に見える。恋って何?愛って何?彼は私に答えを聞くけれど、私に答えはなくて、彼はもうすでに答えを知ってる。
どうして彼は私に答えを聞くのかわからない。私が答えを知っていることなんてなかったのに。それでも「どうして?」って聞くの。私はただ、曖昧な返事をする。考え途中の答えになっていなくてどうしようもない返事。彼はそれを自分の答えにして、そして私を置いていく。彼の答えを私の答えにすべきなのかな。
もっと知りたい、他の人の、いろんな人の考え方、見え方、知っても知っても、疑問が増えてきて、手に負えなくなるけれど。それでも知りたい。どうしてその考えに至ったのか、どうしてそんなに簡単に答えっていうのか。私がおかしいのかな。笑える。

彼と電話しない1日が過ぎていく。
彼が何を思い、感じたのかを考えるのが怖い。彼の反応が怖い。私が何をしたのかを知るのが怖い。私はなんて怖がりなんだろう。

「おはよ」
「こんにちは」
「だいがく?」
「そだよ」

こんなにも変わってしまうのね。信用がなくなると。どうすればいいのか、私にはもうわからなかった。
もう彼の思考を知りたいなんて言えない。

彼はいつの間にか、消えていった。
私の前からいなくなった。
私が消したのか、彼が幻だったのか、それは最後までわからなかった。

「彼はきっとまぼろしだった」
そう思うことにした。
私が傷つかないように、
また私は逃げたのね。

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