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35. 「すみません」は謝罪だけじゃない

 日本に暮らす外国人の中には、「すみません」や「申し訳ありません」といった謝罪の表現に抵抗を感じる方もいらっしゃいます。
「自分には責任がないのに、なぜ謝る必要があるのか?」とか、「物を受け取っただけで『すみません』と言うのはなぜ?」といった疑問を抱くんですね。

 でもねえ、これが言えないってだけで職場や身近なコミュニティーから孤立してしまうことがあり得るわけです。日本社会って、ホント面倒くさい…。

 さて、こういった疑問を持つ人がクライアントになった場合、日本語教師として伝えるべきことは、これらの謝罪表現が単なる「謝罪」を超えたものだということでしょう。日本社会における「すみません」や「申し訳ありません」は、自分の過ちの責任を認めて謝罪するだけでなく、相手への敬意や配慮を表す表現でもあります。ですが、こうした説明だけでは十分に納得してもらえないことがあります。

 そんなとき、ダン・アリエリーの著書『不合理だからうまくいく』で紹介されている実験結果を紹介するのは如何でしょうか。謝罪表現には相手の感情を和らげ社会的調和を保つ力があるから、「使った方が得だ」と合理的に納得してもらえるかもしれません。

 では、実験内容をご紹介します。
 実験は、コーヒーショップで行われました。実験者のダニエルが、店の客に5ドルの報酬でペア文字探しの課題をしてもらいます。その際、わざと5ドル以上のお金(1ドル札4枚と5ドル札1枚)を渡し、5ドルの領収書を書いてもらうのです。
 この手順は、3つの異なる条件で進められました。

1. 通常条件: 上記の手順通りに実施します。
2. 苛立ち条件: ダニエルが上記の手順を進める中で、客への課題の説明中に電話に出ます。
3. 謝罪条件: 苛立ち条件と同じ手順ですが、最後にダニエルが「すみません、電話に出るべきではありませんでした」と客に謝罪します。

 実験の結果、
1. 通常条件では、多くの人が余分なお金を快く返しました。
2. 苛立ち条件では、余分なお金を返す率が低下しました。
3. 謝罪条件では、通常条件と同じように余分なお金が返されました。

 この結果から、謝罪には苛立ちを和らげ、良好なコミュニケーションを保つ力があることが分かります。感謝の言葉だけでなく、謝罪を加えたことで、相手との感情的なつながりが深まったのでしょうね。

 合理的に考えると、感謝の言葉だけで十分な場面でも、日本ではあえて「謝罪」を加えます。これは一見不合理に思えるかもしれませんが、実際には相手との関係を円滑に保つための非常に有効な手段です。
 日本語の謝罪表現って、そういうことを経験によって編み出した生活の知恵なんですね。


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