一月三十一日
脅しじゃ激にはならない、そいつはもう立てねえよ
「キングダム」には考えさせられる台詞が沢山あります。 当今の名台詞などより吟味すべき言葉は、決め台詞よりむしろ何気ないシーンにこそ誠の価値があるのです。
出典「キングダム」信
《荒筋》
秦国の下僕・信は漂と自身の夢を叶えるため、王子の玉座奪還に手を貸す。逃避行で一緒になった河了貂を加え、嬴政達は山の王の助力を借りて連合を組み、玉座奪還作戦を行う。
しかし、王都咸陽に入城したが、王弟の竭丞相に仕える参謀肆氏によって正体を見抜かれたため、嬴政達は王弟側の兵達と戦う。
遊撃部隊として宮殿に通じる回廊で信たちは王弟側の兵達と戦闘、激戦を制す。
ついに正殿に辿り着き王弟と竭丞相と対峙する。しかし、王弟は最後の切り札を出して信達を苦戦に追い込む。
大苦戦しながらも信はついに王弟の切り札の怪物を倒し、戦闘不能に追い込む。
王弟は怪物をどやしつけるが一向に立ち上がらない。その理由を信は語る。
《解説》
❤️脅しと激は違う
やらせる結果は同じでもやる気を引き出すのと、恐怖で追い立てるのでは天と地ほども違います。
やる気は自分の気持ちが目覚めることで行動を駆り立てる心なので、自主的前向きな精神力とでもいえます。
それに引き換え恐怖で追い立てる、脅迫は不安を広げることは逃避にあたる。
懲罰大隊のように死を以て兵を戦わせる、獣を退散させるようなものですから、強制的後ろ向きな精神力になります。
ですから激を入れるのは信義があり、脅迫には無い。
脅迫する人は相手を人を見ていない、動く機械かペット扱いしているとさえ言えます。
王弟が怪物をペット扱いしているのがそれを証明しています。
信はそれを見抜いたので、至高の存在など聞いて呆れると嘲ったのです。
❤️信義が無ければ異常=以上の力は発揮しない
社会に信義が無ければ人の世は獣以下の世界になります。自然界にありえ無いので、信義無き世界とは獣以下の社会ということです。
それは、過酷な戦いでは畜生の勝利がせいぜいで人間の勝利など成り立ちはしない。
人の戦争では勝てない、戦う人はいない。 信義がないのですから誰かのためにと自主的精神で戦う人間がいないことです。
命のために戦う人間がいない、自力以上に奮戦する戦士、異常な力量を発揮させる戦いが無いので勝ちようがないことになります。
組織の戦いは一人では勝てないのですから。敵に正気ごと吹き飛ばされ、パニックでも起きたらどうにでもされてしまうでしょう。
正気を保つことだけでも強い精神力が必要です。戦意がない人以上に役に立たない人ばかりの世界になってしまうでしょう。