一月十八日
古き怨念しかない口を二度と言うな
「キングダム」には考えさせられる台詞が沢山あります。 当今の名台詞などより吟味すべき言葉は、決め台詞よりむしろ何気ないシーンにこそ誠の価値があるのです。
出典「キングダム」楊端和
《荒筋》
秦国の下僕の少年に漂と信という秦国の下僕の少年がいる。少年達は下僕の身から這い上がろうと木剣で剣技を磨き、戦場で出世して何れは天下の大将軍になろうという夢を共有していた。
信は漂と自身の夢を叶えるため、王子の玉座奪還に手を貸す。逃避行で一緒になった河了貂と嬴政の三人で行動を共にする。
嬴政達は助力を借りるために山界の王に会いに行く。しかし、山の王は嬴政を拉致してしまう。
山の王は祖先が受けてきた恨みを晴らすべく嬴政を処刑しようとする。しかし、嬴政はそんな山の王と話をする。
そして、首枷をはめられた信、河了貂・壁に山の民達の前で嬴政は山の王に自分の路を宣言する。
山の王・楊端和は、嬴政と信の言葉に心を動かし、秦王嬴政と山界の盟を結ぶことを誓い、長老達を叱りつける。
《解説》
❤️古き怨念は人を成長させてくれない。
成長させないほど命で悲しいことはない。
古き怨念を口にする人達は今でも確実に存在している。私達はその声が真実に沿っているのかどうか見極めなければならない。
孔子も言っている、人を見抜くのが知であると。
憎しみは何も生まれない。それは、その人の生きる時間を成長させてくれないからです。
叶えたいものが大きいほど多くの人達が容れられる。「キングダム」では中華統一でもあり、天下の大将軍が該当してます。
多くの人達が一緒に入れる、共有できる思いが夢であり願いです。それは信たちを見ればわかるように、人生の目的目標になりえます。
夢幻の如くなりと敦盛で歌ってますが、多くの人達がみたい夢であればそれは願いいさえなります。
目的目標を目指すほど生きがいある人生はありません。
叶えられる夢だけなら幻になる筈が無いのです。それだけ大きいからこそ成就する確率も低いですが、挑戦しがいがあるのです。
それは例え死しても後に残る仲間、共同人が叶えてくれれば死んだ者達も報われる。
彼らも願った夢だからです。将に信が目指す天下の大将軍は漂が生きているのです。
それがよく分かっていたからこそ、山の民の夢の価値が信にははっきり理解できたのです。
❤️成功に初心がどれだけ叶えられているか省みよう。
初心は願いの始めから生まれたのです。成功したその時、自分の願いとの差について推し量ることは大切です。
成功を手段としていなかったか、自分の願いと離れていないか。力と技で成功を果たしても心が初心・願いと不自然であればそれは隙になるでしょう。
気まぐれな幸運の神はそこを突いてきそうです。