セブン&アイのスーパー事業部再建案B
チェーンストア理論とは渥美俊一氏が作った「和製英語」だったのです。チェーンストア理論に則って店舗運営をしている企業が断末魔の叫びを上げています。セブン&アイ傘下のヨーカ堂は、8年で800億円超の赤字を計上し、苦境に陥っています。2026年2月までに33店舗を閉店し、店舗数は93と100を切ることになるそうです。
赤字の店舗を閉鎖すれば黒字になるというのでしょうか。働いている従業員とその家族、納品している業者、長年利用してくれたお客はその後どうなるのでしょうか。
閉めるしか方策がないと考えているなら、経営陣は無策を恥じなければなりません。
江上剛著「二人のカリスマ」は伊藤雅俊氏と、部下であり、セブンイレブンを立ち上げた鈴木敏文氏(1932年生まれ。伊藤雅俊氏の8歳下)をモデルに描かれたビジネス大河小説です。上下2冊の大作ですが、2023年3月、読み終えたばかりのときに伊藤雅俊氏の訃報を聞きました。
鈴木敏文氏を見出し、育てたのは伊藤雅俊氏ですが、経営者としてのタイプは正反対でした。伊藤雅俊氏は、「お客様は来てくれないと思え。問屋は卸してくれないものだと思え。銀行は貸してくれないと思え」と母親から教えられ、商売の道に入りました。引退し、名誉会長になってからも、繁盛店の店舗視察や、自社店舗での買い物を日課としていました。お客がどんな商品に関心があるのか、動向をチェックしないと心配でしょうがなかったからだと言います。
二十年前になりますが、山梨県南アルプス市で当時話題のAコープこま野さん(売場面積300坪・年商28億円)を突然訪れ、「伊藤と申しますが、お店を見せていただけませんか」と申し出されたそうです。その場にいた岩本敬二店長(当時)は、緊張して汗をかきながら、伊藤雅俊氏のそばに付き添い、売場を案内したそうです。その間、伊藤雅俊氏は、一生懸命メモを取っていました。やっと一周し、一段落終えたと思いホッとしていたところ、「もう一周、お付き合いしていただけませんか」とお願いされたそうです。それほど気になることがあったのでしょう。その後も山梨方面に出張があるたびに伊藤雅俊氏は視察に訪れたと言います。
一方で、鈴木敏文氏は、システム志向の強い人だと言います。「データを見よ」「仮説を立て検証せよ」とデータに基づき仮説を立て検証した結果しか聞く耳を立てません。同時に、「競合店は見るな」と同業者の模倣を戒めます。
人はマスコミの情報に流され、その情報に浮足立った部下は、容易な提案を上げがちだからです。本人も競合店を見ることと、店舗視察もしません。伊藤氏が店舗視察をすると、店長たちは大歓迎ですが、鈴木氏が店舗を訪問するとピリピリムードなのを本人も気にしてのことだと思います。
イトーヨーカ堂は水と油の性格の違う2人のトップが、精神的より処と最前線の司令塔、アクセルとブレーキの役割をそれぞれが分担し、「楕円経営」を貫いたから、2022年2月期にグループ売上高8兆7,497億円、営業利益3,876億円の業績をたたき出したのです。
この時、コンビニ事業は好調だったようですが、ヨーカ堂は4期連続で赤字で2024年2月期は259億円の赤字を計上しています。そもそも、コンビニ事業の成功ノウハウで、スーパー事業が再生できると本気で思っているのでしょうか。
スーパー事業を再生させるためには、「チェーンストア理論」の呪縛から解放されなければなりません。
スーパーマーケットの2大原則は、①部門別管理、②セルフサービスと言われていますが、部門別管理を徹底して、物流センター、プロセスセンターを配置して、コストダウンを図った企業は、コストダウン以上に売上げの低下をもたらしているのです。
チェーンストアとは真逆の思想に個店主義があります。個店主義は本部を持たず、本部を持っても店舗のサポートに徹し、店舗の従業員が自分で仕入れる商品を決め、好き勝手な値段をつけて売り切ります。何をどれだけ仕入れるか、いくらだったら売れるかは店頭に立ちお客の表情や仕草から探ります。
例えは適当ではないかもしれませんが、チェーンストアと個店主義の店では、既製服とオーダーメイドの違いがあるのです。チェーンストアはお客の体系、好みにかかわらずフリーサイズの野暮ったいデザインの服しか選べません。サイズが合わなければ、服に体系を合わせよと強要するかのようです。仕立て屋はお客のニーズを聞き取り、採寸して、生地から、デザインまでお客が納得するまで提案を続けます。
個店主義の店では、対面または側面販売が主流です。対面販売と側面販売の違いは、お客に向き合うか、同じ目線で商品を手にとって説明するかの違いです。セルフサービスでは、価格勝負となり、「安いんだから文句を言うな」と主語が売り手側になります。対面販売では対話することでお客のニーズを察し、お客のニーズに合ったグレードをマッチングさせることができるのです。
そもそもアメリカでは、青果だけでなく、精肉、鮮魚、デリカテッセンなど生鮮4品をフルラインで扱うスーパーマーケットは1~3店舗が大多数。ロサンゼルス中心に店舗展開しているブリストルファームですら、創業42年で13店舗です。青果とグロッサリーがメインのクローガーなどチェーンストアが4ケタの店舗数を誇るのとは対照的です。精肉、鮮魚、デリカテッセンは標準化・単純化・マニュアル化が難しいのです。
1883年にオハイオ州シンシナティで創業されたアメリカ屈指の老舗スーパーマーケット・クローガーの店舗数は、2,722店舗です。傘下には、ラルフス、フード4レス、ハリス・ティーター、フレッドマイヤー、マリアノスなど35の企業が入っています。チェーンストアはどれもが金太郎飴のように同質化して、差別化が困難になり、小さい企業はより大きな企業に飲み込まれ続くのがチェーンストアの末路なのです。
部門別管理をしていなければ、部門の垣根はありません。店舗の従業員は家族なのです。そしてお客と対話することで、お客のニーズをつかみ、仮説を立てて仕入れを行います。効率化なんて言葉は使われないのです。
本当にセブン&アイのスーパー事業の再生を考えるなら、チェーンストア理論を捨てることがスタートラインなのです。
具体的な政策は次の通りです。
① 奇抜な商品。例えば精肉では、A5和牛一頭買いによる「希少部位」、塊肉「エアーズロック」、鮮魚では、「姿盛り」「天然本鮪希少部位(カマトロ、ヒレ下、はがし身、皮ギシなど)、「本鮪ブーメラン」、寿司は「デカネタ・デカシャリ」「大間本鮪づくし」「天然魚大ねた」、青果は「箱売り」、「西海味っ子」「ひなの里」「富士の輝(ブラックシャインマスカット)」「冬恋はるか・江刺サンフジ」など「高級フルーツ」などです
② グロサリーはNB商品の品揃えは最低限に、キラリと光る「金メダル商品」を集めて売り込みます。PB:金メダル商品(御当地アイテム):NB(ナショナルブランド)は2:6:2の割合を目指します
③ 生鮮品のグレードは、「寿+松竹梅」。松竹梅の3グレードに加え、誕生日や結婚記念日など「特別な日」の食卓に並ぶ商品もラインナップします
④ チラシの表面は精肉、鮮魚、果物の「奇抜な商品」、裏面は日替わりで青果、グロサリー。グロサリーは原価の100円マイナス1品、50円マイナス2品を日替わりで提供します
⑤ 鮮魚は対面販売。同じ魚でも、季節で味が違います。春・夏・秋・冬。最低でも4種類あるのです。漁法も大きく見て3種類です。釣り、定置網、底曳網です。同じ漁法でも、日帰り、1日漁など、獲り方のバリエーションは無数。獲り方で味が魚の状態が変わります。さらに日本には漁場が7つ(道東・八戸前沖・三陸沖・日本海・山陰沖・五島西沖・東シナ海)あり、漁場によって脂の乗り方や産卵期も違うのです。最後に雄と雌。これを掛け合わせると、4×3×7×2で、同じ魚でも168種類の味があると言います。だから対面販売員をつけるのです。チェーンストアでは販売員の人件費と教育費をケチっているので養殖魚や冷凍魚主体になるのです。まずは対面販売員を配置し、「今日はどの魚が良い?」「この魚、どうやって食べたらいい?」とお客が気軽に話しかけられる環境を作るのです。お客となじみになれば、「この間の魚は美味しかった!今日のおすすめの魚はな~に?」とお客が晩ごはんのおかずを丸投げしてくれるかもしれません。商いの基本はリピーターを増やすことにあります。その入口はお客との会話にあるのです
⑥ 集客よりも客のリピートを重視する。儲かる商品よりも、損する商品、原価の商品、ちょっと儲かる商品を重視します。損する商品、原価の商品、ちょっと儲かる商品がリピーターを増やすのです
⑦ 部門の垣根を取り払う。店長はミニ経営者として、店全体として結果が出れば良しとします。グロサリーは一部商品を原価割れで売り、鮮魚は一部商品を原価で売り、青果はちょっと儲けて売り、精肉、惣菜、残りの商品は普通に儲けて売るのです。店全体で年商30億円、粗利益率18%、労働分配率55%あればいいのです
⑧ 売場に人が立つ。お客には2種類のお客がいます。買い物を苦痛に感じるお客と、買物を出会いと発見の場と考えるお客です。買い物を楽しみと考えるお客は、見たことがない商品を見つけたら、店員に話しかけたくなります。自分が食べるのではなく、人に贈るものだったら味や食感が気になります。贈答用のメロンだったら、「このメロン、今日の午後食べ頃ですか?これからお見舞いに行くんですけど、その場で切って食べてもらいたいのです」とお客に話しかけられたらどうでしょうか。不愛想に「切ってみないと分かりませんよ」と答える店員もいれば、「食べごろですよ」といい加減なことを言う店員もいます。「ちょっと待ってください」と言って、バックヤードに行って、同じ日に入荷した別のメロンを半分に切って「あっ、食べ頃ですね!」と断面を見せる店員もいます。切ったメロンは半分の値段で売場に並べればいいのです。お客は感動します。スーパーマーケットは「感動製造業」なのです
再建策の実行に当たっては、センスにあふれたリーダーが必要です。センスとは、商売丸ごと動かす能力です。右回りを左回りに変える。動いているものを止める、止まっているものを動かす。これはスキルやテクニックでできるものではありません。
スタートは1店舗からでいいじゃありませんか。次世代の経営候補者をリーダーにして、「チーム」を組むのです。「チーム」で「個店主義のヨーカ堂」という全く異なるフォーマットを完成させるのです。
組織とチームは違います。軍隊で言えば、地上軍が組織で、特殊部隊がチームです。上から下へのマネジメントによって設計される組織力に対して、チームは、下から、現場の信頼関係の中から湧き上がってくるものです。リーダーは次世代経営者候補から抜擢し、メンバーはスキルを持った人を募るのです。かつてヨーカ堂に在籍していた社員でもいいじゃないですか。残された手はチェーンストア理論を捨てることなのです。