モチベーション・マネジメントのメタ理論:Deci&Ryanの自己決定理論(1)
現代のビジネス環境では、従業員のモチベーションをどのように高めるかが、企業の成功に直結する重要な課題です。モチベーションの向上をテーマとした数多くのHow to本やコラムが存在しますが、これらは時として具体的な方法論やテクニックに焦点を当てすぎ、根本的な理解を欠いていることがあります。
そこで、今回は、モチベーションの本質を捉えたパワフルなメタ理論:「自己決定理論(self-determination theory: SDT)」を解説します。自己決定理論の知識は、経営者にとって大きな武器となります。SDTを基盤にすれば、モチベーション向上のためのテクニックがなぜ効果的なのかを深く理解し、より持続的で効果的なモチベーションマネジメントを実践できるようになります。
経営者は、このSDTをどのように活用して組織のパフォーマンスを高めることができるのでしょうか。本コラムでは、前編でSDTの全体像を解説し、後半では効果的なリーダーシップスタイルについて詳しく解説します。
自己決定理論(SDT)とは?
自己決定理論は、エドワード・デシとリチャード・ライアンによって1985年に提唱された、人間の動機づけに関する理論です。この理論の中心には、「自律性」、「有能感」、「つながり感」という3つの基本的な心理的欲求があります。
自律性:自分で選択し、自分の意志で行動できる感覚
有能感:自分で成し遂げたと感じたり、もっと成長できそうな感覚
つながり感:他者との繋がり、メンバーとして尊重されている感覚
これらの欲求が満たされることで、人は内発的に動機づけられ、持続的なモチベーションを発揮してより高いパフォーマンスを実現すると考えます。逆に、これらの欲求が抑圧されたり無視されたりすると、内発的なモチベーションは低下し、たとえ金銭的動機付けで誘導しようとも短期的な成果しか得られない可能性があります。
基本的心理欲求
従業員が内発的なモチベーションを持って働けるようにするために重要な3つの基本的な心理的欲求、「自律性」「有能感」「つながり感(関係性)」について、ひとつづつ理解していきましょう。
1. 自律性(Autonomy):行動への主導権と所有感
自律性とは、従業員が自分で意思決定し、自分の意思で仕事を進められる感覚のことです。誰かに命令されたことを言われた通りにやるのではなく、かといって、自己中心的に勝手気ままに進めるのでもなく、自分の意思で選択した目標に向かって仕事ができることが、自律性を満たす上で重要になります。
なぜ自律性が重要か? 人は自分で選んで行動すると、責任感が高まり、その仕事に対してやる気が出ます。もし、すべてが上司からの命令で行われると感じれば、従業員はただ指示に従うだけで、自分の仕事に対する所有感や熱意が薄れてしまいます。逆に、自分で選ぶ余地があれば、自分の働きに誇りを感じることができ、より意欲的に仕事に取り組むことができます。
経営者としてどう支援するか? 意思決定に従業員を参加させることが重要です。意思決定の場に参加してもらい、従業員にも発言の機会を提供します。これによって、従業員は意思決定者の一人となり、仕事に対して所有感を感じることができます。実行段階では、大まかな方向性を示し、詳細は従業員に委ねるとう管理手法が望ましいです。
意思決定の場への参加と発言の機会は、「自律性」と、メンバーの一員として尊重されているという「つながり感」の両方に効果を発揮する有効な取り組みです。
2. 有能感(Competence):成功と成長の感覚
有能感とは、従業員が「自分はこの仕事をうまくやれる」と感じることです。仕事を通じてスキルが向上したり、成果を出したりすると、人は自分の能力に自信を持つようになります。
なぜ有能感が重要か? 人は成長することに喜びを感じます。自分が成長していると感じると、その仕事に対して積極的になるのです。例えば、難しいタスクをクリアしたり、新しいスキルを身につけたりすると、「自分はできる」と感じ、さらに高いレベルの仕事にもチャレンジするようになります。しかし、何度も失敗したり、仕事が単調すぎたりすると、自分の能力に自信が持てず、やる気を失う可能性があります。
経営者としてどう支援するか? 有能感を高めるためには、フィードバックが非常に重要です。従業員の努力や成果を、事実に基づいてフィードバックし、彼らが自分の成長を実感できるようにサポートするのです。また、スキル向上のためのトレーニングで能力を高めたり、新しいチャレンジの機会を提供したりすることでも、彼らの有能感を高めることができます。
3. つながり感(Relatedness):きずなと所属感
つながり感とは、職場で他の人との結びつきや支援を感じることです。これは、単に「仲が良い」という意味だけでなく、自分が上司や同僚に一人の人格として尊重され、チームの一員として認められているという感覚です。人は孤立することなく、他者との関係を通じて支えられていると感じることで、モチベーションが高まります。
なぜつながり感が重要か? つながり感は、メンバーが、組織の目標を共有し、自分事として捉えていく過程に非常に重要です。「自分はこの人達の仲間としてみんなに尊重されている」という感覚を持つことで、組織の目標やミッション、ビジョンを自分個人の目標として捉え、モチベーションをもって積極的に取り組むようになります。
経営者としてどう支援するか? 相手の視点や考えを受け入れ、感情を受け止め、よく聴く姿勢が最も重要です。具体的な取り組みの例としては、会議の場では経営者や上層部が一方的に話すのではなく、必ずメンバー全員に発言の機会を提供する、上司と部下の1on1のフィードバックミーティングを習慣化する、などが考えられます。感謝や承認の言葉を頻繁にかけることも、つながり感を高める効果があります。また、従業員同士の協力を促進し、職場内でのコミュニケーションを円滑にするための場を設けることも有効です。
SDTが他の理論と異なる点
自己決定理論は、モチベーションを「量」ではなく「質」で捉える点が特徴です。従来の理論は、従業員がどれだけモチベーションを持っているかという「量」に注目していましたが、SDTでは、モチベーションがどれだけ「自律的」であるかが重要視されます。従業員が外的な報酬や強制力によって動機づけられるのか、自分の内的な価値観や、自分自身が望む目標によって動機づけられるのかに焦点を当てています。
経営者にとっての実践的なメリット
SDTを理解することで、経営者は自社のマネジメントの質を飛躍的に向上させることが可能です。従来の報酬制度や評価制度は、外的なモチベーションに依存していることが多く、短期的な効果はあっても、使い方を間違えると、長期的には労働者の内発的なモチベーションを削ぐ危険があります。しかし、SDTをベースにしたマネジメントを日常の中で意識することで、従業員の自律的なモチベーションを育める職場環境を整えることができます。
報酬や表彰、昇進といった報酬・評価制度をモチベーションアップに使う場合は、制度設計時に配慮が必要です。有能感やつながり感とリンクさせ、自律性を損なわない設計することが重要なのです。例えば、「〇〇に取り組んだら、個人に報償金をあげる」という制度を改めて、「期末に全社で各チームの〇〇の取り組みを振り返り、最も斬新な取り組みのチームを表彰してお祝いボーナスをあげる」という制度にづれば、同じ外的動機付でも、モチベーションの質を下げることなく、質の高い自発的なモチベーションを引き出すことができます。
まとめ
自己決定理論は、従業員のモチベーションの質を高め、パフォーマンスを最大限に引き出すための思考の軸となる、パワフルな理論です。経営者として、従業員の自律性、有能感、つながり感をサポートすることで、モチベーションの質を高め、組織全体のパフォーマンスを高めることが可能になるのです。
次回の後編では、自己決定理論を具体的な企業においてどのように実践すればよいかについて、特にリーダーシップスタイルを中心に解説します。
【後編へ続く(本ページ末尾にリンクがあります)】
参照文献
Deci, E. L., Olafsen, A. H., & Ryan, R. M. (2017). Self-determination theory in work organizations: The state of a science. Annual review of organizational psychology and organizational behavior, 4(1), 19-43.
自己決定理論は心理学を出発点としており、教育学と経営学の両分野で研究が進められています。中でも、本論文は、経営分野に特化して自己決定理論の研究成果を整理しており、実務家にとってもヒントを得やすい一本です。
Deci, E. L., Olafsen, A. H., & Ryan, R. M. (2017). Self-determination theory in work organizations: The state of a science. Annual review of organizational psychology and organizational behavior, 4(1), 19-43.
Gagné, M., & Deci, E. L. (2005). Self‐determination theory and work motivation. Journal of Organizational behavior, 26(4), 331-362.
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