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人工知能が人間の感情を理解する?~機械翻訳の現在と未来~

はじめに

近年、人工知能関連の技術開発が進む中でさまざまな言語を瞬時に翻訳する「機械翻訳」の研究も盛んに行われています。
人工知能の成長は目覚ましく、優れたサービスの登場によって私たちの日常は数年で様変わりしてしまいます。例えば、新型コロナウイルス感染拡大以降に急速に普及した、オンライン会議のリアルタイム翻訳サービスは、ビジネス会議の常識を大きく覆した代表例と言えるでしょう。
本記事では、機械翻訳の技術動向を調査し、国ごとの技術領域の傾向を解析した結果をご紹介します。さらに、機械翻訳が今後どのような用途に応用されるのか考察します。

機械翻訳の技術動向

当解析では、VALUENEXが提携しているPatSnap社の特許データベースを使って機械翻訳の特許データを取得しました。検索式は特許庁の「令和2年度 特許出願動向調査報告書 機械翻訳」の検索式をもとに作成しました。調査対象は2011年以降の発明としました。

検索結果を集計すると、機械翻訳に関する特許は74か国から合計19,444件出願されていました(注釈1)。

VALUENEX Radarを用いて、特許データから機械翻訳に関する特許の俯瞰図を出力しました。俯瞰図を図1に示します。
この解析では、解析対象の特許に対して相互の類似性を算出し、内容が似ている発明が近くなるよう二次元空間に配置しています。俯瞰図上で発明の集中する領域は赤く表示し、発明の密度をヒートマップによって表現しました。
俯瞰図には、大きく分類すると「文章」、「翻訳ロジック」、「webコンテンツ」、そして「音声会話」の4つの領域が見られました。各領域をさらに詳細に解析すると、「文章」領域には『センテンス』や『文書』などの小領域が見られました。

図1(a) 機械翻訳に関する特許の俯瞰図と領域
図1(b) 機械翻訳に関する特許の俯瞰図と小領域

特許件数の推移

機械翻訳に関する2011年以降の特許件数の推移を図2に示します。
特許件数は2016年以降に増加しており、直近では約6割が中国特許でした。

図2 機械翻訳に関する特許件数

国別出願動向

国ごとの技術領域の傾向を比較すべく、上位の出願国として日本、アメリカ、中国、韓国、そして欧州がそれぞれ発行する特許の分布を調べました。結果を図3に示します。
日本特許は文章の翻訳に関する特許が多い結果となりました。この理由として、日本語の同音異義語という性質が考えられます。日本語の翻訳には発音が同じでも意味が異なる同音異義語を区別する必要があり、日本における翻訳技術の発展には文章コンテンツの翻訳の発展が伴ったことが推測できます。
一方、中国特許は翻訳ロジックや音声・会話に関する特許が多いという結果が得られました。中国特許が音声・会話領域に集中する要因は、中国語の声調を判別するために音声認識の技術が向上した可能性が考えられます。
また、アメリカ特許は分布が集中する領域はなく、平均的に広範囲に特許が出されていました。

図3 機械翻訳に関する特許の国別出願動向

機械翻訳のゆくえ

ここまで、機械翻訳の技術動向を俯瞰解析してきました。今後、機械翻訳はどのように発展していくのでしょうか。

感情認識の技術発展と需要

2010年代に機械学習が急激に発展して以降、人工知能の活用が拡大しています。内閣府SIP事業の社会実装を推進する「ヒューマン・インタラクション基盤技術コンソーシアム」のwebサイト(出典1)には以下の記述があり、人工知能が人間の感情を認識することが可能になったとされています。

感情の認識・推計、分析が発達した背景には、大量のデータから学習して、画像や音声、テキストを認識できるようになり、人間のわずかな言葉遣いや表情、動作の変化から、その人の感情や思いを類推・解析できるようになったからである。背景には、AI(人工知能)に含められるマシンラーニング(機械学習)と、そこに含まれるディープラーニング(深層学習)が2010年代に飛躍的に発達し、ビックデータの集積が急速に進んだことがある。

ヒューマン・インタラクション基盤技術コンソーシアムwebサイト
https://hi-conso.org/column/international-trends/emotion-ai.html

また、新型コロナウイルス感染拡大にともなってライフスタイルが変化したことが感情認識の需要を高めているとも述べられています。

新型コロナ感染症(COVID-19)のパンデミックにより、対面ではなくリモートやオンラインで人に会うことが広がり、オンラインでショッピングしたり、リモートで仕事や作業、学習をすることも一般化している。それに合わせて、デジタルマーケティングやデジタル広告の市場が成長しており、データ解析に基づいて、感情の認識・分析をする需要の高まりも見られる。

ヒューマン・インタラクション基盤技術コンソーシアムwebサイト
https://hi-conso.org/column/international-trends/emotion-ai.html

このように、人間の感情認識に対する需要が高まっていることと、機械学習に基づいてそれを可能にする技術基盤がすでに形成されていることから、今後、機械翻訳は感情認識に応用されるのではないかと筆者は予想しました。

感情認識の技術動向

ここから、機械翻訳を応用した感情認識の発明を調査していきます。
機械翻訳に関する特許のうち発明の名称または要約に"emotion"を含むもの(以降、「『感情』の特許」)を抽出しました。

「『感情』の特許」の世界全体の件数推移を図3に示します。2017年以前は年間10件未満ですが、2018年以降増加し、直近では年間50件以上が公開されていました。2018年に技術転換点があった可能性が考えられます。

図3 「『感情』の特許」の世界全体の件数推移

続いて、2017年以前と2018年以降を区別して国別の動向を集計しました。結果を図4に示します。
まず、「『感情』の特許」の世界全体の件数を見ていきます。2018年以降が259件であり、これは2017年以前の48件と比べて大幅に多い数値でした。機械翻訳を応用した感情認識の研究開発が以前より盛んに行われていることが確かめられました。
次に、「『感情』の特許」が機械翻訳の特許に占める割合に着目します。こちらも、世界全体で2017年以前に比べて2018年以降が多い結果となりました。特に増加量が多い国はインドであり、2017年以前は0%ですが2018年以降は4.3%でした。インドは感情認識の分野で急浮上国という立場であることがうかがえます。また、4.3%という数値は他の出願国と比べて突出して高く、インドは機械翻訳分野において感情認識の研究開発がなされる割合が高いことがわかりました。

図4 「『感情』の特許」の国別集計結果
上:特許件数/下:機械翻訳の特許に占める割合

続いて、VALUENEX Radarを用いて「『感情』の特許」の俯瞰図を作成しました。俯瞰図を図5に示します。
クラスタの位置に着目すると、大部分のクラスタは「翻訳ロジック」に分布するものの、『音声』にも比較的小規模なまとまりが見られました。そのため、感情認識は、翻訳ロジックに関する研究から音声認識に関する研究にトレンドが移行していると推察できます。
クラスタが集中する領域の出願国は、ほとんどが中国(橙色)でした。このことから、感情認識の分野は中国がリードしていることがうかがえます。一方、インド(桃色)は俯瞰図上で分散しており、インドは特定の強い技術領域はなく、技術的には萌芽段階であると判断できます。

図5 「『感情』の特許」の俯瞰図
座標軸およびヒートマップのカラースケールは図1および3と同一。図中の点1つが特許1件を示す。

今後の予想

ここまで、機械翻訳に関する特許のうち特許名称または要約に"emotion"を含む特許に注目して、感情認識の技術動向を調査してきました。その結果、現時点では感情認識の分野は中国が主導権を握っていることが俯瞰図から推察できました。インドは、中国のように特定の強い技術があるわけではないものの、機械翻訳分野において感情認識の研究開発割合が高く、今後この分野で新たな勢力として頭角を現してくる可能性を秘めています。

おわりに

本記事では機械翻訳について技術動向を調査しました。
調査の結果、機械翻訳に関する特許は2010年代後半に増加しており、現在は中国特許が半分以上を占めていることがわかりました。
次世代の機械翻訳の方向として、人間の感情認識を一つの可能性として予想しました。感情認識の分野においても現時点では中国が世界をリードしていますが、インドが今後新たな勢力となる可能性が見出されました。

機械翻訳と感情認識の技術融合がさらに発展したら、私たち人間の日常にはどんな変化が現れるでしょうか。
私たち人間は他人と会話をするとき、口から発する言葉のほかにも声のトーンや顔の表情など様々なものを通じて相手に情報を伝えています。同じ言葉を話していても、明るいトーンで話す人からは高揚感、眉間にしわを寄せている人からは困惑感などが感じられますね。このような言語外の情報は、相手に伝える言葉そのものである「言語情報」に対して「非言語情報」と呼ばれています。
文字によるメッセージでも、文章の構成や言葉遣いなどによって書き手は非言語情報を伝えることができます。
非言語情報は、言語情報だけでは伝わらない話し手/書き手の感情を伝えることができ、人間らしさの一つと捉えることができます。
もしも人工知能が非言語情報も理解できるようになったら。例えば、
SNS上の悪意ある投稿をより精度良く検出したり、動画検索サイトでhappyなシーンだけを抽出して視聴する、といったことができるようになるかもしれません。あるいはchatGPTのような対話型AIが発展して、もっと"人間らしい"会話が可能になるかもしれません。

人工知能が人間の感情を理解して、日常生活をより豊かにする、そんな世界がもうすぐそこまで来ているのかもしれませんね。

by J.O. and S.M

出典

  1. ヒューマン・インタラクション基盤技術コンソーシアム
    コラム「論議を巻き起こす感情認識技術の発達 コロナ禍で市場ニーズは急拡大」

注釈

  1. 欧州および世界知的所有権機関を含みます。また、中国、台湾、香港をそれぞれ1か国とカウントします。


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