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釜石928(くにや)|岩手県の片隅で若者に人気のブランド・GALFY (ガルフィー)を扱う心弾む黒いアパレルショップ

秋終盤とは思えないほど陽気な空の下、思いつきでさえない気まぐれで釜石市に出かけた。本noteで度々取り上げているため、今更説明するのも野暮に思えるが、釜石市は岩手県沿岸部の工業都市である。現・日本製鉄株式会社を工場を基幹事業所として、空気圧制御機器メーカーで知られるSMC株式会社の工場を複数擁する都市である。

岩手県沿岸部で数少ない工業都市・釜石市

釜石市は、東北横断自動車道釜石秋田線の東端であり、北上市や花巻市と自動車専用道路一本で繋がっている。また、JR釜石線による移動も行えるため、何かと交通が不便な岩手県沿岸部に公共交通機関のみで訪れられる稀少な自治体である。

トヨタ系列による自動車産業やキオクシアを中心とした半導体産業で沸く岩手県県央部とのアクセスの良さから、港湾の利活用も進んでいる。その観点からも工業都市と言える。水産業に依存する傾向が強い岩手県沿岸部において、工業都市として機能している点は、珍しいと言える。

昨今は、ラグビーワールドカップの会場として全国的に知られる機会に恵まれたため、その名を知っている人も多いのではなかろうか。社会人ラグビーチーム日本製鉄釜石シーウェーブスの活躍もあり、工業都市というだけでなく、スポーツに力を入れている都市として認知している人々も少なくないかもしれない。

こちらはあまり有名と言えないが、昔大いに賑わった商店街の再生に力を入れている一面がある。2024年の下期には、16歳の女子高生が起業に向けて活動している様子が大手新聞社などの全国メディアで度々取り上げられており、若い力による街の再興が期待されるところだ。

まるでテーマパーク! 東日本大震災から復活した928は、復活したブランド・GALFY (ガルフィー)が並ぶ聖地のような存在に感じられた

筆者にとって釜石市に対する印象は様々なものがある。その中でもアパレルに関心を持つに至った点は、印象深い点の五指に入るほどに大きい。具体的なエピソードは、以下の記事で書いた通りである。

この記事では、GALILEO(DAYS)についてしか記載していないが、実のところ釜石市で通っていたアパレルショップは、もう一店ある。928(くにや)だ。岩手県に住んでいる人々であれば、昔に黒い店を謳ったTVCMを見た記憶がある人々もいるかもしれない。昨今は、ハンバーガー自販機が取り沙汰される機会が見られた。

928には、東日本大震災以降訪れていなかった。津波による浸水被害を受けた後、復旧再開しているのは知っていたので、いつか訪れようと考えていたもののできずにいた。ようやく再来が叶ったのが今日である。

928店頭

928は、いわゆるマイルドヤンキーと呼ばれるタイプの人々がよく訪れていた印象を持っている。しかしながら、その実店内はスーツが数多く並べられており、2階は婦人服売り場になっていた。つまりその印象は、イメージ先行の誤解に近い。といっても、マイルドヤンキーと呼ばれるタイプの人々が好んで訪れていたのは事実である。

もうどれくらいの月日が経ったか分からないほど久し振りに訪れた928の店頭は、以前と変わらず、いや以前にも増して強烈な個性を表現したデザインになっていた。存在感の強さは釜石で一、二を争うのでなかろうか。東日本大震災以前は、入り口を抜けるとウイスキーバーのような薄暗い空間が広がり、壁際にスーツが数多く並べられていた覚えがある。

現在の928の一階風景

入り口をくぐってすぐに過去の記憶が消し飛んだ。なんと店内のスペースの大部分を車が占有している。また辺り一面には、ハロウィーンパーティーの会場を彷彿とさせる賑々しい空間が広がっていた。よく見れば、置かれている服飾は売り物である。

現在の928の1階の奥

奥のスペースには懺悔室と書かれた小さな空間と座ってくつろげる空間が用意されている。ゲーミングチェアのようなチェアが革張りのソファーと共に置かれているのが面白い。全体的にサブカルチャーテイストの空間であり、東日本大震災以前に見られたマイルドヤンキーと呼ばれる人々が集まるような空間から若干の変化が見られた。

現在の928の2階様子

だが、『東日本大震災以前に見られたマイルドヤンキーと呼ばれる人々が集まるような空間から若干の変化が見られた』と思ったのも束の間である。2階に上がってみると、何とも懐かしい世界が広がっているではないか。いわゆる”ガラが悪い”とひと目で感じられるようなメッセージ性の強い衣服がフロア一帯に並べられているのだ。

スマートで主張の少ないファッションが是とされる現代において、あまり見られなくなった景色が、ここにあった。928と言えば、これだ。そう一瞬で思わせられる。懐かしさと感動に包まれずにいられない。釜石市のストリートファッションの姿がギュッと詰まった空間である。

店内を彩る巨大なドラゴンの装飾品とメッセージ性の強い服飾品が相俟ってテーマパークに入り込んだ気分にもなる。歩いていてこれほどワクワクするアパレルショップは、釜石市どころか全国でも少ないのでなかろうか。そんな確かな個性を持った店舗が釜石市に現存していることを誇りにすら感じる。

ちなみに奥の方にはスーツや礼服、学生服などが置かれているスペースがあった。案内してくださった店員の方にお話を伺ったところ、東日本大震災を契機として内装を大きく変え、また時代の変化を踏まえてスーツについては縮小したそうだ。また、元々扱っていた婦人服フロアはやめて、現在のユニセックスな陳列にしたとのこと。

東日本大震災以前は、写真に写るカジュアルなアパレルは、本当に小さなスペースで取り扱われていた。現在は、そのスペースが拡大し、取り扱い商品におけるメインの層になった形である。その頃は一般的なデニムなども取り扱っていた記憶があるため、より先鋭化した印象を持つ。

ところで、読者の中には『マイルドヤンキーが減少し、それに伴い彼ら彼女らが好んでいたファッションも廃れていった中、そうした商材をメインに扱っているのはどうなのか』と思う人々もいるかもしれない。大きな誤解である。928が昔から多く扱ってきたブランドの「GALFY (ガルフィー)」は、昨今復活を遂げているのだ。

令和が近づくにつれて、さまざまなブランドが復刻を果たしたが、その中でも異彩を放っていたのがガルフィーだ。

90年代アウトローシーンを風靡:ガルフィーの進化と再生

いわゆるマイルドヤンキーと呼ばれている人々が減少の一途を辿っているのは事実と見られる。彼ら彼女らがガルフィーを好んで買っていた中心層だったのもある程度事実だろう。だから、彼ら彼女らの減少に伴って需要が減るのも自然な話だ。だからガルフィーは、一度休止に追い込まれた。

ストリート系のお客さんが目立っていました。その後は不思議なことに、だんだんと“病み(闇)”を抱えているような地雷系の女の子たちも着るようになって。彼女たちはガルフィーがヤンキーブランドだった過去を知らずに買っているわけではなく、“黒歴史”として捉え、それをわかったうえで、あえて選んでいる

消えたヤンキーブランド「ガルフィー」人気再燃のワケ。“黒歴史”を強みに

しかしながら、ガルフィーは復活した。釜石市の928が東日本大震災から復活したように、ガルフィーも復活を果たしたのである。いわゆる地雷系と呼ばれる人々やストリート系の人々から求められるブランドになっており、その人気は釜石市でも再燃している。だからこそ、ガルフィーなどのブランドを扱っている928は、現在でも健在なのだ。

そもそも釜石市近郊で、ガルフィーなどの昔アウトローブランドと呼ばれたようなブランドを数多く扱っているアパレルショップは、928以外にはあまりない。928は希有な存在と言える。ニッチトップと呼べるほどではないかもしれないが、その強烈な個性と希有な商品ラインナップは、アウトローブランドと呼ばれた品々を求める人々にとって唯一と言って良い存在だ。

地方の一田舎である釜石市に、これだけ強烈な個性を持ち、希有な商品ラインナップを持ったアパレルショップがあるのは幸運と呼べるかもしれない。それこそ10数年ぶりに訪れて、筆者は改めてそう思った。何より、歩いていてワクワクできる個性的なお店は、やはりその存在そのものが素晴らしい。テーマパークで時間を過ごしたような心持ちになる。

余談だが、実は今日928に訪れたときに来ていたのは、10数年前に928で購入したガルフィーのオーバーオールである。店員の方、店主の方と、当時のお店を懐かしみながら、思い出話に花が咲いた。いつか改めて取材に訪れたい。そう強く感じている。


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