猫、家出する
春。カモニカ谷では、藤の花も桜もぼたんも一斉に咲きほこり、山は一日ごとに新緑でふくらんでいきます。アカシアの大木が一斉に花を咲かせると、なんだか鼻がムズムズするような気も。それでも夜などは肌寒いこともあり、雨の日が続くこともあるのです。
その夜、まだ一歳にならない猫マメオは、私たちと一緒にソファでごろ寝していたのが、真夜中ころふっと外へ出て行きました。
翌朝、マメオはいませんでした。ほぼ一年に及ぶ共同生活において、マメオが朝食にいなかったことはありませんでした。早朝外へ出るのを好む猫たち。そんな中、マメオだけは、私が朝一番にカーテンを開ける窓辺で待機しているのを常としていました。あまりに皆勤賞が続くので、窓の下にベンチとざぶとんを設置してみると、朝は早くそこに来て一眠りするようになっていました。でも、その朝は、いなかった。どこかに出かけて帰ってこれなくなったのか、それともだれかの家の車庫にでも入り込んで、閉じ込められてしまったのか。想像だけが先走り、時間はすぎていきます。
「帰ってきたかな」の朝9時。「そろそろ帰ってきてるだろう」のお昼12時。「誘拐されたのかも!」の午後3時。夕方から雨が降り出した頃には、さすがに近所の聞き込みを開始。近くにすむロザリアさんによれば、時折路地の奥で猫ミーティングが開催されていて、昨晩マメオらしき猫を見たような気がするとのこと。しかし夫が路地裏に行って呼んでみても、気配はありません。
マメオは、いつ出ていったのか、なぜ帰ってこないのか。近所の食堂で夕食を取りながら、夫と議論してみても答えは見つかりません。そんな時ふと、夫が言い出したのです。「猫の出入り口のところに試しにつけたペットカメラで昨日の映像を見れればいいんだけどねえ」それはその通り。データを遡って、昨日の夜12時からの猫の出入りを逐一確認できたら! しかし、夫曰く、これは安売りマーケットで安売していたものを「試しに」買ってみたものなので、そこまでの緻密な操作はできないとのこと。「現在の様子はわかるんだけどね」と、夫が渡してくれた画像を何の気なしにのぞいてみると、そこには衝撃の様子が写っていたのです。
カメラギリギリの画角で写り込んでいたのは、だらっと前に投げ出された猫の脚。私にはすぐにわかりました。それはマメオのものだと。愛は細部に宿るという言葉がなかったでしょうか。とにかく私にはわかったのです。カメラには遠隔で声をかけられる機能が付いていて、私は思わずボタンを押して叫びました。「マメオ!」すると暗い中でも頭がパッとカメラの方を振り向いたのがわかりました。反応あり。ほらね。
私たちは、テーブルの上の料理を猛スピードできちんとたいらげて、さっと立ち上がりました。グラッツイエ、ボナスエラ、からのダッシュ。家にたどり着いて車庫を開けると、マメオは何食わぬ顔でごろ寝をしていました。雨の中どこへ行っていたのか。何があったのか。取り調べはもちろんかなわぬこと。首輪さえ嫌がる猫に、付けられるカメラを発明するしかないのでしょうか。