VaioSteraArchives「ジェネレーションギャップ」
機械融合世界 ある少女からの記憶ログから抜粋
【1】
年に1度、連休の合間を縫うようにしてお爺ちゃん家に顔を出すのが私達家族の習慣だった。それはお婆ちゃんが亡くなって数年経った今でも続いている。 でも、この年のことをずっと覚えているのは、それほどまでに私がお爺ちゃんのことを─ ─嫌いだったからだろう。
【2】
『ねぇ、お義父さんにはせめて心肺だけでも手術をするように言ったほうがいいんじゃない? こう言ってはなんだけど……本当に死んじゃいそうよ、お義父さん』
『そうは言っても親父は昔かたぎで頑固なとこがあるからなぁ説得は難しいよ』
『そうかもしれないけど……』
それはお爺ちゃん家からの帰り道、お父さんの運転する車の中での出来事だった。 後部座席でうつらうつらとしていた私を眠っているものだと勘違いしているのか、運転席と助手席の間でそんなやり取りが交わされていた。
『去年より悪くしてたじゃない。お義母さんだって手術を嫌がって肺をやられたんでしょ? 普通は自分ももしかしたら、って思わないのかしら』
『思ってはいるだろうな。でもそのお袋のことを想ってのことみたいだし、だったら息子の俺からじゃ何も言えないさ』
『息子だからこそ言えるんじゃないの?』
『そうとは限らないさ。少なくとも、うちじゃそういうものなんだ』
『もうっ。本当に頭が固いんだから……』
そう言って機嫌を悪くするお母さんに「まぁ、それとなく話してみるよ」と苦笑いを浮かべるお父さんの気配に私は今日会いに行ったお爺ちゃんの顔を思い出していた。
──この地球を覆う、腐敗性ガスに蝕まれた祖父の顔を。 腐敗性、と言っても目に見えて体が腐っている、というわけではない。わけではないのだが……どんなに《普通》を装っていても、その内側までを装うことが出来ていないことは孫の私ですら気付けてしまえるぐらいに酷いものだった。 それでもお爺ちゃんは手術をするつもりはないらしい。これは前に私が「お爺ちゃんは手術しないの?」と尋ねた時のことであるが、お爺ちゃんはどこか遠い場所を見つめるように言ったものだ。
『わしが手術なんぞして機械になったりしたら、先に逝ったばあさんがわしに気付かんかもしれんからなぁ。』
そして、さらに何かに縋るようにこう続けたっけ。
『いいか、体は腐っても心だけは腐らせちゃいかん。心さえ腐らんどけば大抵のことは上手くいくもんさ』
そう言って笑っていたお爺ちゃん。さっき会った時は……果たしてその心はどうだったんだろう、と遠くなり始めた両親の声をよそに思うのであった。
【3】
忘れらないあの年から3年。私はお爺ちゃんの葬儀の場に居た。喪に服す私達を見下ろすお爺ちゃんの遺影は若い頃の写真だった。
なんでも《最近の写真》では使い物になるものがなかったらしく、仕方なく遺品の中から引っ張り出してきたらしい。──私の記憶にあるお爺ちゃんとはとても同一人物とは思えない、精悍で活気に満ちた偉丈夫。そんな物言わぬ遺影を見つめ、お坊さんのお経をなんとはなしに聞きながら、「嫌だなぁ……」私はそんなことを思っていた。
思わずにはいられなかった。
若い時にはあんなにも恰好良い人でも、老いや腐敗ガスのせいであんなに醜く、見ていられない姿になるなんて。
私には耐えられそうにない。いや、耐えられなかった。だから中学を卒業した後は高校に進学せずひたすら働き続けた。10年間働いて働いて、時折体を壊しつつも、お金を貯めて──充分なお金が貯まる頃には想定してたより年ぐらい年を取ったけど、私は全身の機械化を実現するのだった。そうして私は改めて思うのだ。やっぱりお爺ちゃんのような生き方を好きにはなれない、と。
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