【277日目】:天は父なり地は母なり
ご隠居からのメール:【天は父なり地は母なり】
ようやく『西村伝蔵偲ひ草 道のしるへ』を入手することができた。というより、目に見えない手に導かれて、わが祖先伝蔵さんの道のしるへにたどりついたというべきだろうか。伝蔵さんがおとなしく養家で祖母津弥と結婚していれば、私はこの世に生まれることはなかっただろうが、結果的に私は生まれた。これも時代を超えた何かの因縁だ。
伝蔵さんの教えは、次の言葉に要約されていると思う。
そもそも自分というものが、この世に生まれ、八十二歳になってもまだ生きていることは天地のお恵みであり、両親のおかげである。そして両親もまた、天地のお恵みとそれぞれの両親のおかげに浴したことは疑う余地がない。
先祖をさかのぼれば、私には無数の親がおり、私は無数の親の遺伝を受けている、従って、私は、無数の親の肉体と精神の総代表として、今ここに在る。しかも、私の無数の祖先は、各自勝手に善い事もし、また、善くない事もして、あるいは徳を遺し、あるいは罪を遺している。私は、この祖先の善悪の所行に対して、ことごとく責任を負わなければならない。善なる所行に対しては徳を受け、心より感謝しなければならない。ここに吾々の祖先に対する報恩奉謝の道がある。
戦国時代には殺人の罪を犯した祖先もいるだろう。私はその罪に対して時代を超えた因果の責任を負わなければならないが、一方では、祖先の善なる所行に対して受けた徳の積み重ねに対して感謝しなければならないーーこのように説く伝蔵さんの報恩奉謝の道に私は納得することができる。
こんな素晴らしい説き方をしてくれる偉人が私の実家で少年時代を過ごし、その教えが記述されている説教を八十二歳の高齢者になって国会図書館のマイクロフィルムで読むことができたことに時代を超えた因果の不思議に思いをはせながら、祖先に感謝している。
返信:【Re_天は父なり地は母なり】
今回の伝蔵さんが残した言葉は「息子へ紡ぐ物語」いや、ファミリーヒストリーの真意なんじゃないかな。これはすごいご縁だとおもう。お父さんが長年「尼子の落人」を通じて、ご先祖さまの研究をし続け、また、幼少に死に別れた母である貴美子さんの人生を追い求めてきたのは、この言葉に出会うためのモノだったのではないかと、思ってしまうほど。
徹さんが亡くなってから、じぶんとメールのやりとりがはじまり、「息子へ紡ぐ物語」がスタートした。不思議なご縁が重なりながらも、ご先祖さまが生きた時代を学び「自分は何故生まれ、何のために生まれてきたのか」を考えてきた。
貴美子さんの手紙で夫婦の在り方を改め、食プロを通じて人間学を学び、家族が生きていくうえで一番大切にしなければいけない骨子ができた。地主さんとゴルフに行き傲慢な態度をみて「時代を超えた因果応報があるのでは」と新たなテーマが生まれたが、最後にはこの伝蔵さんの言葉に導かれた。
まさに「自分は何故生まれ、何のために生まれてきたのか」の答えなのかもしれないね。無数の親には「氏」と「DNA」の親がいる。肉体と精神の総代表として子孫のために良い行いをしなければいけない。
自分はほんとうに幸運だよ。お父さんが82年かけて出会った真意を約半分の時間で知ることができた。これは、時代を超えた因果応報だと思う。生きる糧になるよ。ありがとうございます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?