スクール長ダイアログ <価値と共創①>
9月27日 神戸大学V.School長 國部克彦
価値創造が共創(co-creation)であることは今や経営の常識となっています。「共創」という漢字は,「競争」と発音が同じこともあって,多くの経営者が「共創」という言葉を好んで使うようになり,最近は,文部科学省を含む役所まで「共創」という用語をプロジェクト名に使用するようになりました。しかし,共創とは一体何でしょうか?単に,企業と顧客が協力して何か創るということなのでしょうか?単に協力しましょうということだけでは,あえて共創という別の言葉を使用する必要はないでしょう。共創は,漢字で見ても,音で聞いてもカッコよいために,中身が空虚なまま宙に浮いているような感じです。価値創造も同じような傾向がありますが,これを「地に足を付けた」活動に落とし込むことが,V.Schoolの使命であると思います。
「価値の共創」という概念は,比較的新しいもので,経営学の世界では,2004年に公刊されたプラハラード=ラマスワミのThe Future of Competition: Co-Creating Unique Value with Customersが,この概念を体系化した書として高く評価されています。この本は,原著の出版とほぼ同時に2004年に講談社ランダムハウスから『価値共創の未来へ:顧客と企業のCo-creation』として邦訳が出版され,2013年には出版社を東洋経済新報社に変えて,翻訳はそのままで,一條和生一橋大学大学院教授の解説付きで,『コ・イノベーション経営:価値共創の未来へ向けて』として再版されました。こちらは今でも入手可能です。なお,筆頭著者のミシガン大学ビジネススクール教授のプラハラードは2010年に惜しくも他界したのですが(経営学者は比較的短命な人が多いので注意しないといけません,たぶん働きすぎかも),これ以外にも彼の著書の多くが翻訳され,その斬新な視線は,時間がたてばたつほど(時代が著書に追いつくという意味で)輝きを増しています。
共創とは何かを考えるためには,「価値の共創」という当たり前の事実が,なぜ新しい概念として脚光を浴びるようになったのかを考える必要があります。そのヒントは,プラハラードの本の副題に見つけることができます。副題は,Co-Creation Unique Value with Customersです。プラハラードは,わざわざvalue にuniqueを付けているのです。このuniqueは日本語には訳出されていませんが,これはなぜでしょうか?それは企業が生み出す価値は通常uniqueではないからです。
企業が工場で日々生み出す製品あるいは企業パンフレットに掲載されているサービス一覧は,常に同じ価値を提供するものです。製品やサービスによって提供される価値が変わっては,品質管理に問題があることになります。ですので,企業は常に価値を一定に保つように,最大限の努力をします。しかし,「差異と反復」のところでも学習したように,時間の流れる世界で,全く同じことを「反復」することはできません。技術も変わるし,顧客の好みも変わるし,自然環境も,政治環境も変わるでしょう。ですので,いずれ同じ価値を提供し続けることができなくなるわけです。
しかし,工場で同じ製品を大量生産する方法は,大変効率的に価値を創造してくれるので,企業は簡単にそれを変えたくありません。ところが,そうするといつかは売れなくなる日が来るので,イノベーションが必要というのが,これまでの論理でしたが,これはあまりにも論理が飛躍していると思いませんか?イノベーションの方法を何も説明せずに,イノベーションが必要と言っても何もできません。このような短絡的な言説に惑わされて,イノベーションが大切だと思うようでは,unique valueは想像/創造できません。
もちろん,プラハラードはそのような単純な議論は展開しません。unique valueを創造するための源はどこにあるのか。その鉱脈を見つけるための活動は何にフォーカスすればよいのか。プラハラードは「経験」に着目します。
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