スクール長ダイアログ <金儲けは悪いことか④>
10月23日 神戸大学V.School長 國部克彦
これまでの議論をまとめると,以下のようになるでしょう。「金儲け」は「悪い」ことであり,しかも「汚い」ことである。しかし,人間は自分の「汚いもの」を嫌いではない(むしろ「好き」かもしれない)。一方,自分の「汚いもの」は他人に絶対見られたくないし,他人の「汚いもの」も見たくない。それでは,次にどうなるかと言えば,自分の「汚いもの」を隠したいという欲求が出てくるでしょう。実際,人間は排泄行為を隠れて行います。(なお,この「隠す」という行為は,人間の文化の根源として極めて重要なのですが,話がそれるのでここでは議論しません。ただ,皆さんも身の回りで何が隠されていて,そのことで何が生じているか考えてみてください。)
「金儲け」の話に戻すと,「金は儲ける」けれど,「儲け」は隠す。ということになります。「儲け=利益」とすれば,「利益を隠す」なんて粉飾会計だと思われるかもしれませんが,法律にのっとって堂々と「儲けを隠す」方法はいくらでもあります。実際に,経営者は合法的に「儲けを隠す」ことに日々懸命に取り組んでいます。
このことは,会計の基礎知識があれば,簡単にわかることです。「儲け」すなわち,「利益」とは,「収益」から「費用」を控除した残額です。「収益」は基本的に「売上高」と考えてもらえばよいので,そこから控除する「費用」に「儲け」を潜り込ませておけば,「利益」になる「儲け」は当然小さくなります。意外に思われるかもしれませんが,多くの経営者は,この「利益」を大きくしないように努力しています。大企業の場合は,株主のために一定の利益を上げないといけませんが,それでも純利益が想定以上に多額になりすぎることは回避しなければなりません。なぜなら,「利益」になった瞬間に,税金がかかって,社外流出してしまうからです。社外流出するくらいだったら,社内で費用(投資も含む)として使用したいと思うのは当然のことでしょう。
実際,費用として区分されるものには何があるでしょうか?原材料費,人件費,設備費(減価償却費),各種経費が主なものです。原材料費は自らが生み出した価値ではありませんが,人件費や将来の投資に回す分は,企業が生み出した儲け(付加価値)から分配されるものなのです。人件費の中に日常的な経営業務に関する報酬を含めれば,利益を経由することなく,所得は増えます。研究開発に回すこともできますし,オフィスの機器を更新することもできます。こちらの費用を増やしていけば,目に見える「儲け=利益」は小さくなって,税金も少なくなります。しかし,あまり利益を減らしすぎると,株主が文句を言うので,その塩梅が問題になります。コーポレートガバナンスはまさにここが焦点です。
このような企業経営の姿は,皆さんが,今までイメージしてきた企業活動とは真逆のように感じられるかもしれません。また,企業を経営したことのある人なら,どの教科書にも書いていないけれど,ごく常識的なことを言っているだけと思われるでしょう。しかし,その場合でも,企業経営は生理的現象に非常に近いという示唆は得られたのではないでしょうか。ただ,以上の説明の中で,ひとつだけ大変重要なことを述べていません。それは,マルクスが「命がけの飛躍」と呼んだ,商品から貨幣への変化,すなわち,いかに商品・サービスから貨幣を回収するかという側面です。最近の言葉でいえば「マネタイズ」です。これは,「金儲け」とは全く違うロジックの世界の現象で,これがなければ「利益も糞もない」のですが,別の機会に議論したいと思います。
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