スクール長ダイアログ <神話から自由になるために④>
12月2日 神戸大学V.School長 國部克彦
「少子高齢化」,「財政赤字」,「環境問題」,「イノベーション」を取り上げて,現代社会で非常に一般的に流布している主張が,その最も本質的な点が曖昧であること,本質があいまいであるにもかかわらずそれを議論することをタブーとしていること,しかしそれが達成されなければ「大変なことになる」という「恐れ」を中心に添えて,人間を一定の方向へ動かそうとする圧力として作用していることを議論してきました。「恐れ」を武器にして,人々を統治しようとするのは,まさに「神話」の構図そのものです。
「神話」の世界は,神様の世界ですから,すべては神様が決めてしまいます。それは,個人を中心とする民主的な社会とは対極にある世界です。価値についても,神様に認められたものしか創造できません。そんな世界は嫌だと多くの人が思うでしょうが,実際に,私たちの周りは「神話」で満ちています。特に,日本は八百万の神々を信仰する風習があって,「神話」に対する批判力が弱いようにも思います。しかも,やっかいなことは,これらの「神話」には,表面的にはかなり強い説得力があるので,多くの善男善女が簡単に信じてしまって,この状況を増幅してしまっています。
しかも,始末が悪いのは,これらの「神話」が本当は嘘くさいと分かっていながら,現在の自分の立場や権力を維持するために,「神話」を利用する人たちが存在していることです。たとえば,財務省の役人にとっては,「財政赤字危機説」が流布すればするほど,金庫番としての財務省の権限が強化されます。「環境問題」が深刻になればなるほど,環境省の権限も強まります。「少子高齢化」や「イノベーション」も全く同じです。これらの問題を声高に主張することで,誰がどのような利得を得ているか想像してみてください。このような「神話」を信じているふりをしている人たちが,素直に「神話」を信じる善良な人たちをコントロールしているわけです。なお,「信じたふりをしている人たち」も,決して悪人ではないことを付け加えておきます。世の中を善悪で判断しては,それこそ「神話」の世界に舞い戻ってしまいます。
この問題は,誰か悪い奴がいて,生じているのではなく,人間社会から宗教がなくならないのと同じように,人間が多数で生活している以上,どうしても発生してしまう現象であると理解すべきでしょう。しかも,本当の神話にも意味があるように,現代の「神話」にもそれなりの意味があります。したがって,大切なことは,「神話」を簡単には信じないようにすることであって,「神話」をすべて否定することではありません。自分で十分に納得したことだけを信じるようにすれば,「神話」の中身も変わってくるでしょうし,そうすることでしか,結局,世の中は変わらないのです。価値創造教育はそのための格好のプロセスになるはずです。なぜなら,その出発点は個人の主観ですから。皆さんも,「神話」から物事を考えることを,一旦停止してみてください。そのためには,何が「神話」かを,まず考えることから始めましょう。
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