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スクール長ダイアログ <価値創造と民主的な社会④>

12月18日 神戸大学V.School長 國部克彦

 民主的な社会とは個人の尊厳を第一にする社会と定義して議論を展開してきましたが,尊厳は守るものではなく,それを発揮することで,民主的な社会が促進されます。コンビニに行って,自分の希望に合うものがなく,何らかの妥協をしたとき,あなたの尊厳は損なわれていることになります。それを回復させることが価値創造です。
 かつて,世界が資本主義国と社会主義国に分かれていた時代,マーケットでの商品の多様性には歴然とした差がありました。社会主義国は,国家統制のもとで生産が行われていたので,製品の種類が非常に限定されていました。そこでは,人々が,商品やサービスを享受する価値が著しく損なわれていました。一方,資本主義国では,多様な商品が陳列され,その格差が民衆の不満となって,社会主義国崩壊の大きな要因になりました。
 しかし,価値創造の主体が,政府から企業に移っただけでは,まだ十分ではありません。巨大な権力を持つ企業が,自らに有利なように製品やサービスを提供するようになると,政府機関よりも,公共性の点で問題が大きくなってしまいます。経済学では,この問題を市場における競争の完全性と考えますが,実際には,競争社会における価値創造の具体的な内容まで考える必要があります。そのときに,プラハラードの「コ・イノベーション経営」は大変参考になります。彼は,企業は顧客ニーズを反映させるだけでは十分ではなく,顧客が主役になって価値創造をすることの重要性を説いています。これは,イノベーションの民主化を意味しています。
 企業をそのように動かすためには,顧客である個人も,価値創造について高い意識と行動力を持っていることが必要です。そうでなければ,「経験の共有」という名のもとに,企業に簡単に囲い込まれてしまうでしょう。そうなっては,民主的な社会の反対になってしまいます。そこで重要な概念が「共創」です。「共創」はひびきの良い言葉なので,「共創の場」が重要と言えば,誰も反対しないでしょうが,それが単なる「協力」に過ぎないのなら,これまでの企業中心の価値創造から抜け出すことはできません。
 もう一度,プラハラードの著書をよく見てみましょう。その原題はThe Future of Competition: Co-creating Unique Value with Customersです。このco-creatingを日本語で「共創」と訳したのですが,そのあとにunique valueがついているところが大切です。unique valueとは,あなたにとっての,あるいは私にとってのunique valueで,まさに個人の尊厳です。それを発見するための方法を,プラハラードは「経験のパーソナル化」と呼び,そこから価値創造する方法を解説しています。
 したがって,プラハラードが,価値共創経営によって,「人民の,人民による,人民のための経済が生まれる」という言葉でその本を締めているのです。価値創造教育とは,まさにそのためにあると理解すべきではないでしょうか?

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