価値と規範
―新型コロナウイルス緊急事態宣言に際して(1)-
2020年4月8日 神戸大学V.School長 國部克彦
V.School長として,初めて書く文章が,新型コロナウイルスに伴う緊急事態宣言が発効した日になるとは,当然のことであるが,全く想定していなかった。しかし,このような危機的事態に遭遇した以上,自らの専門的立場から発信を行うことで,少しでも事態の改善を目指すことが大学人としての責務であろう。特に,V.Schoolは,人間としての価値が危機に晒されている現状に対して,強いメッセージを発する義務がある。
新型コロナウイルスは,すでに私たちの多くの価値を破壊してしまった。生命はもちろん,財産や富,そして社会的慣習までを根底から突き崩してしまった。しかし,今は失われた価値を嘆くよりも,もう一度価値を創り出していくべき時期である。たとえ,そこで新たに生まれる価値が,以前の私たちが享受してきた価値とは違うものであったとしても。
価値は失われてその意味がはっきり分かることがあるが,新型コロナウイルスの現状は,それをすべての人類に共通の体験として教えてくれている。では,この失われた価値を元に戻すにはどうすればよいのであろうか。この時に重要なことは,価値の優先度(プライオリティ)を考えることである。
平時であれば,価値の優先度を考えることはあまり必要なく,むしろ,どんどん新しい価値を創造する活動が社会に活力を与える。しかし,一旦,価値が消失してしまった場合,どの価値から順番に元に戻していくのかは,社会にとって重大な問題である。この点については,何らかの規範が必要になる。どの価値から優先的に復旧していくのかによって,これからの社会の在り方が変わってしまう。
その意味で,現在の日本国政府の新型コロナウイルスに対する対応は,多くの価値の相克の狭間で右往左往しているようにしか見えない。平時であれば,2つの対立する価値があれば,折衷案を取ることもできる。しかし,危機において折衷案を採用することは,時に最悪の結果を招いてしまう。このような時には価値に優先順位をつけて,それを社会が共有しなければならない。
もちろん,最優先されるべき価値は人間の生命である。このことに異論のある人はいないであろう。しかし,新型コロナウイルスによる惨状は,1人の生命を守ることと,複数の生命を守ることが両立しないことを示している。このような事態は,単に生命が一番大切という考えだけでは,乗り切ることができない。社会的な規範として価値に優先順位をつけざるを得ない。
では,どのような優先順位をつけるのか。しかし,これは下手をすると,全体のために個は犠牲になれという全体主義的思想に結び付きやすいので,全体からではなく,個別の問題から考えていくことが大切である。個別の問題から考えて,その総和として規範が形成されるように持っていかなければならない。この順序が何より重要である。
次回は,経済と価値という点について,この問題を考えてみよう。
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