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スクール長ダイアログ <「大阪都構想」住民投票から価値について考える①>

11月3日 神戸大学V.School長 國部克彦

 いわゆる「大阪都構想」(正式名称「大阪市廃止・特別区設置住民投票」)が僅差で否決されました。私は大阪市民ではありませんが,「大阪都構想」絶対反対の立場だったので,投票結果に安堵しましたが,そのような特定の立場を離れても,コロナ禍で吉村知事の評価が高まって,大阪では強いはずの公明党が賛成に回っても,5年前の住民投票とほぼそっくりの結果が出たことは,価値を研究する私たちに,深い示唆を与えてくれます。
 「大阪都構想」をめぐる闘いは一見すると,コストという名の価値をめぐる争いのようにも見えました。「大阪市廃止派」は,大阪市と大阪府の二重行政でコストがどれだけかかるか,過去にどれだけ無駄遣いをしてきたかを暴き立てました。一方,「廃止反対派」は,市が廃止されると行政サービスが低下すること,特別区にするとコストがかかることを主張しました。まさに,どっちが得かの価値をめぐる争いのような様相を呈していました。
 投票日数日前には,毎日新聞で大阪市の試算では特別区へ移行するとコストが218億円増という報道(10月26日)が流れ,大阪市長がこれに激怒し,大阪市財務局長に虚偽の情報であったと謝罪までさせました。これが決め手であったという,事後報道もありましたが,本当にそうでしょうか?218億円のニュースを知る人なら,当然,財務局長の謝罪会見も見ているはずですから,決め手になるほどの影響は与えていないのではないでしょうか。
 「大阪都構想」が否決された翌日,構想の生みの親の橋下徹氏が,朝の情報番組「グッとラック」に出演し,維新側が敗れたのは,特別区に再編した時の財政効果をきちんと出せなかったからではないかという指摘があり,「いったいどれくらい効果があるのですか?」と尋ねられ,「結局,そのあたりことは良く分からない,問題は未来に賭けて改革するのか,しないのかということだ」という趣旨の発言をしていました。つまり,賛成派も反対派もどちらも未来の財政的な効果なんかわからないのです。
 これは,会計学をやっていたら良くわかります。実際,明日何が起こるかもわからないのに,未来なんて本当は計算できません。毎日新聞で報道された218億円の試算がフェイクニュースというなら,未来の予測計算はすべてフェイクニュースになってしまいます。そもそもコストがかかったら損という発想自体が,行政を企業や家計と一緒にしている誤解です。行政のコストは,市民の収入になりますから,行政がコストをかければかけるほど,市民の懐は潤うことになります。逆に,国家や行政が黒字になるということは,市民がその分搾り取られているわけです。そう考えると,特別区に移行するコスト218億円は,本当は賛成派にプラスになるはずの情報だったかもしれないわけです。
 このように財政をめぐる話は何が真実か,ほとんど誰も何もわかっていないのですから,これを真剣に考えて投票するなんて全く無意味なことだと私は思います。しかし,現状はそれを選択するように賛成派も反対派も市民に迫っていたわけです。これはほとんど無意味だとわかっていて,子供に受験勉強を強要する親みたいなものでしょう。しかし,橋下氏のように,「本当は良くわからない」とわかっている人もいるわけで,それがこの構想の生みの親なわけですから,問題の奥はかなり深いというべきでしょう。

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