スクール長ダイアログ <日常生活における心の豊かさを考える③>
10月28日 神戸大学V.School長 國部克彦
JTプロジェクトは最終的にビジネスプランに落とし込むことが目標ですから,私も無い知恵を絞って,「日常生活における心の豊かさ」に役立つビジネスプランを考えてみました。もちろんそれは,これまでの議論から明らかなように,当然,真の意味の「豊かさ」ではありません。しかし,そこにほんの少しでも「心の豊かさ」を感じ取れる余地があれ良いはずと思って考えました。
「心を豊かにする」ものに文化があります。長い伝統に裏打ちされた文化や芸術作品に触れると,「心が豊か」になるような気がします。これは学問も同じで,人類がこれまで営々として獲得してきた知識はあなたの人生を豊かにしてくれることでしょう。しかし,それに比べて,私たちの知識は何と少ないことでしょう。だからと言って,図書館の本を端から読みだしていっても,それは最も「豊かさ」からは遠い行為になるでしょう。
知識を得ることで心が豊かになるためには,文化に触れて心が豊かになるのと同じように,基本的な素養が必要です。教養と言ってもよいでしょう。分厚い教養を身に着けた人は,そうでない人よりも,豊かな人生を送れるような気がします。(その域に達していない私には本当のところは分かりませんが。)しかし,教養を身に着けるのは大変です。本を読んでも,授業に出ても,ネットで調べても,時間がかかるし,しかもポイントが良く分かりません。それは,その知識があなた用にカスタムメードで作成されていないからです。
たとえば,吉田兼好の徒然草に何が書いてあったのか知りたいときに,いきなり徒然草から読みだしても,意味が分かるまでに何日も場合によっては何年もかかることでしょう。ネットで概要を調べても全然ピンときません。こういうときには人に聞いてみるのが一番です。何も偉い先生に聞く必要はありません。文学部の学生で十分です。あるいは,宇宙の成り立ちに関心があって調べていくと,宇宙は,最初はミクロの状態で発生して,ビッグバンを繰り返して大きくなったとか書いてあって,挙句の果てには,現在の宇宙はいくつもある(かもしれない)宇宙のひとつにすぎないとか聞くと,これはどうやったら理解できるのか頭が痛くなるでしょう。この場合も理学部の学生に聞けば何とかなるかもしれません。
このような問題は,いずれもWikipediaを調べればある程度は分かります。しかし,ある程度しか分からないので,心に響きません。やはり,自分の知りたいことを知るには生身の人間に聞く方しかありません。そこで,各分野の主要項目ごとに説明できる大学生等を組織化して,必要な時に(予約すれば)オンラインで回答してくれるような仕組みができれば,必要な時に必要な生きた知識が入手できて,「心が豊か」になるのではないでしょうか?文学や理学は,ニーズは少なくても,ビジネスなら結構あると思います。経営学を全然勉強せずに社会人になった人は,資産と資本がどう違うのかなかなか分からないはずです。こんなことは神戸大学経営学部の2年生なら誰でも答えられます。しかし,ネットでその違いを知ることは,説明はあっても至難の業です。
なぜなら,ネットの説明は意味の使用ではないからです。同じように,このようなことはAIでも対応できません。AIの回答は,データ処理の結果導出された関数の結果であって,やはり使用ではないからです。間違っているかもしれないけれど,人間の使用を通すことで,はじめて生きた知識が習得できます。これが知識で豊かになるという意味です。たとえ,それが間違っていても,生きた知識は必ず何らかの価値がありますから。
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