スクール長ダイアログ <神話から自由になるために①>
11月27日 神戸大学V.School長 國部克彦
V.Schoolで学生の議論を聞いていると,世の中で一般に言われていることを,そのまま信じてそこから議論を展開している人が大変多いように感じます。たとえば,「少子高齢化で未来は社会を支えられなくなる」とか,「財政赤字でいずれ日本円が暴落する」とか,「環境破壊がどんどん進んで地球に住めなくなる」とか,極端に悲観的な見解を頻繁に目にしたり,聞いたりするので,いつの間にかそれを事実として刷り込まれてしまっているのかもしれません。しかし,新たな価値を創造していくためには,このような一般論は,すべて「神話」かもしれないと疑ってかかるべきです。
「少子高齢化」を例にとって考えてみましょう。実際に,日本では少子高齢化が急速に進んでいて深刻な社会問題とされています。しかし,「少子高齢化」になって,労働人口が減って,近い将来に生産やサービスが滞り,年金制度も崩壊すると言われていますが,本当にそうなのでしょうか。現在,日本人の個人資産は1000兆円もあります。普通に考えて,日本人の数が減れば減るほど,自分の取り分は増えて豊かになるはずです。豊かになれば,老後の心配も軽減されます。また,日本人はこれまで狭い国土に住んできましたが,人口が減れば,大きな土地に住むことができるかもしれません。
日本人が減って,製品やサービスが供給できなくなるのではないかと,言われるかもしれませんが,AIを初めとするテクノロジーの発展で,最小の労働で製品やサービスを提供できるようなシステムがどんどん進んでいます。また,現在もそうですが,労働集約的な商品は海外から購入することで賄えます。これを,海外への過度の依存をリスクとして心配する人もいますが,もしそうなら,その問題は「少子高齢化問題」ではなく,「海外リスク」の問題として議論しないといけません。「神話」の世界では議論のすり替えが横行しやすいので,注意が必要です。
なにより強調したいのは,「少子高齢化」によって最大のメリットを受けるのは若者ということです。なぜなら,若者の数が減ってくるわけですから,ただ生きているだけで存在価値が上がっていきます。昔は,子供は「餓鬼」,若者は「若造」や「青二才」などと言われて,社会の底辺に位置づけられていたのに,今では希少価値が高まり「神様」に近い扱いを受けることも珍しくありません。このことを自覚したうえで,それがあまりにも目立つと自分たちの優越的な地位が脅かされるので,「年金問題の一番の被害者は若者だ」と主張するのなら良いのですが,本当にそう思っているとすると,今持っている優位な可能性に気づかずに終わってしまうことになります。