
愛するクラブがくれたもの【3】
V・ファーレン長崎を愛するサポーターの方からお話を伺い、応援することで得たもの、楽しさを多くの人に広める「愛するクラブがくれたもの」。
第3回は「ひなたぼこ」さんよりいただいたお話です。
好きだったスポーツ観戦
私はもともと、スポーツ観戦が好きなほうでした。サッカーやバレーボールがテレビで放送されていれば見ていたし、Jリーグが開幕した1993年には開幕戦であるヴェルディ川崎対横浜マリノスの中継をテレビで見ていた記憶があります。

友達がファンだった前園真聖選手を見に、横浜フリューゲルスのファン感謝祭にアリーナかぶとがに(長崎県立総合体育館)へ行ったこともありました。
そんなこんなで時は流れて…。
地元・長崎にJリーグを目指すチームができたというニュースを見て「V・ファーレン長崎」という存在を知りました。
J2初年度の2013年、3月10日に開催されたガンバ大阪とのホーム開幕戦を招待チケットで観戦に行った人の話を聞いた際、羨ましいなと感じて。
それからはテレビのニュースや新聞を通して、チームの試合結果を自然とチェックするようになっていきました。
でも1人でスタジアムへ観戦に行くというのは自分の中でハードルが高かったし、チケットの買い方もよく分からず。トラスタデビューまでは、それから5か月を要しました。
初めてのトラスタは「FUNKIST」がきっかけ
私が初めてトラスタに行ったのは、2013年8月21日の第30節・横浜FC戦です。友達から「FUNKISTのミニライブがあるらしいから行こうよ」と誘われたのがきっかけです。

別のアーティストをきっかけに知り合った友達がおり、そのアーティストとの間に交流があったことから、FUNKISTのことは知っていました。
また、FUNKISTはFM長崎主催の夏の野外ライブ「スカイジャンボリー」や稲佐山での単独のライブ、リニューアル前のかもめ広場でミニライブなどしており、ラジオを通してFUNKISTの曲を耳にすることもありました。
この日はFM長崎とのコラボイベントで、試合前にミニライブがあるとのこと。
ライブを見られてサッカーも見られる。一石二鳥的な、私得なイベントに乗っからない手はありません(笑)
FUNKISTといえば今や「V-ROAD」がV・ファーレンを代表するチャントとなりましたが、V-ROADの元となる原曲がお披露目されたのもこの日でした。

この時は選手も知らずチャントという言葉さえ知りませんでしたが、応援の熱量や雰囲気、目の前で繰り広げられるプロの試合、何もかもが初めてだったので、とても新鮮だったのを今でも覚えています。
徐々に増えていく観戦回数
スタジアムでの初観戦の翌年(2014年)には、初めてファンクラブに入りました。
年間パスポートもありましたが、さすがに敷居が高いような気もするし…そもそも年間パスポートを買うほど試合を見に行くのかなと思っていたので、まずはファンクラブから。
確か、この年の観戦回数は少なかったように思います。その翌年の2015年も、ファンクラブに入会。
徐々に観戦回数が増えていくとともに年間パスポートを購入し、SNSやスタジアムで知り合う人も増え、それまで1人で観戦していたのが嘘のように、今ではたくさんの仲間ができました。
サッカーがなければ、おそらく出会うこともなかった人たちです。
スタジアムで顔見知りになって挨拶はすれど、お互いの名前も住むところも知らないというのはスポーツ観戦あるあるなのでしょうか。

また、長崎だけじゃなく他のチームのサポーターともSNSを通じて繋がり、アウェイ遠征して試合後、対戦相手のサポーターと試合を振り返りながらの飲み会をしたり、観光地やご当地のオススメ情報を交換したりと、サッカー以外の楽しみも増えました。
2016年から始めた撤収ボランティア
また、スタジアムで知り合った人たちから「試合後にこんなことやっているんだよ」と聞き、スポンサーバナーや選手フラッグなどを片付ける撤収ボランティアを2016年から始めました。
作業終了後、試合直後のぼこぼこに荒れたピッチやスパイク跡が付いたボールを見ていると、選手の声や観客席からの歓声が聞こえてくるようで貴重な体験でした。

今年はありませんが、新スタで募集があれば参加したいと思っています。
2017年11月11日、J1昇格を決めた試合後、歓喜に沸いたピッチに降り注いだ金テープを、日付が変わる寸前までボランティアの手で拾い集めたのも良い思い出です。

V・ファーレン長崎の前身である国見FCと有明SC、県総(長崎県立総合運動公園陸上競技場)からトラスタ、そしてピースタへ。たくさんの人の想いや夢を乗せ、これから先に広がっていく景色はどんな色なのか楽しみです。