愛するクラブの元戦士:乾大知【1】
上位2チームに与えられる自動昇格の権利は逃したものの、最後の切符をかけた「J1昇格プレーオフ」への出場権を手にした。
あまりに痺れるその戦いを、新たな本拠地・ピーススタジアムで戦う権利も得た。
V・ファーレンは「最高の舞台」へ立つ準備を、着実に整えている。
多くのサポーターがご存知なように、このクラブはその舞台への階段を1度上っている。
さかのぼること7年前、2017シーズン。高木琢也監督に率いられたチームはシーズン終盤を13戦無敗、10勝3分という素晴らしい成績で駆け抜け、クラブ初のJ1の舞台にたどり着いてみせたのだ。
クラブ初のJ1昇格を達成したあのシーズンの戦士たちから7年ぶりの昇格へのヒントやメッセージを得たい、彼らが現在どのように過ごしているのか知りたい。
そう考えアポを取ったところ、乾大知が快く取材に応じてくれた。当時3バックの右を受け持ち、42試合中40試合にスタメン出場。昇格争いを最前線で経験した1人である。
サッカー人生でも最高の1年
約7年前のことだが、長崎での約1年半を鮮明に覚えている。
Jリーガーとして11年間戦い抜いたことを考えると決して長い時間ではないものの、私生活を含めてとても濃密で、満足感のある期間だったからだ。
「ちょうど2017年に、妻が長崎で第1子を出産しました。子どもが小さかったのでなかなか外に出る機会はなかったしどこか遠くに行ったわけではないんですけど、自分自身が子供を授かって定食屋さんだったりちょっとしたところに行った時に、長崎の人たちって本当に暖かいなと感じたんです。
伝わってくるものがいろいろあって、生活しやすい場所だなと思っています。だから長崎で子供を産めて良かったし、すごく思い出に残っています。
妻は大変だったと思うし群馬での里帰り出産っていう選択肢もあったんですけど、自分も妻も一緒にいたいという思いもありましたし『だったら長崎で産むよ』という決断をしてくれました。
あの年は子供も生まれたし、J1 昇格できたし、サッカー人生の中でも一生思い出に残る最高の1年でした」
「Jリーガー」を上回った、地元・群馬への思い
現在は生まれ育った群馬県で、3足のわらじを履く多忙な日々を過ごす。
2022シーズンをもってJ3・AC長野パルセイロを退団しJリーガーではなくなったものの、これは自らが選んだ道だ。
「今の自分にできることが、群馬にもっとあるんじゃないか」という思いが上回ったための選択。
自身が望めば、まだJリーグでのプレーは可能だった。
Jリーガーではない選択肢が大きくなるきっかけは、長野に入団した2022年8月以前の約半年間にある。
「長野に行った年の半年間(上半期)は、最後に海外でプレーしたかったんです。
いろいろ模索していたんですけど、なかなか話が折り合いませんでした。
どうしようかなと思った時に長野から話をもらって加入したのですが、それまでの半年間は群馬で身体を動かしつつ、少年チームだったり高校生だったりを指導する機会がありました。
この長野に入るまでの半年間が、セカンドキャリアという部分ですごく大きかった。自分の身体が動くうちに群馬の少年少女たちにサッカーを教えたり、自分が今まで経験してきたことだったり、こういうことをしたらもっと上で活躍できたのかなという部分だったり。
サッカーに加えてそういう気持ち、モチベーションの部分を子供たちに伝えたくて、群馬でサッカースクールをしたいと思ったんです」
そしてJリーガーとしての肩書を捨て、2023年5月、地元・群馬にサッカースクール「DEPORTARE」を開校した。
根底にあるのは「群馬の育成のレベルをもっと上げたい。高校で活躍するだったり、プロだったり。そういう選手を群馬から育てていきたい」という思い。
ただし、優先順位が変わっただけで、プレーヤーとしての情熱が完全に消えたわけではない。「サッカーをやりたい」「子どもたちに教えるためには身体を動かさないといけない」という考えから、群馬県にある関東サッカーリーグ2部「tonan前橋」でプレーを続けている。
「関東2部ですけどJFLを目指したいというチームですし、なおさら地元のために頑張れるという思いもありました」
まずは関東1部に昇格するため、背番号5を背負いDFラインを引っ張り続けている。
「どうすればできるか」という乾らしさ
サッカースクールの運営とプレーヤーとしての日々を過ごすなか、3つ目の活動へとつながる出来事が起こる。
きっかけはスクールを開校して間もない頃に届いた、1件の問い合わせだった。
発達障害のある子の親御さんからで、内容は「サッカーは好きなんですが、チームになかなか馴染めないんです。乾さんのスクールは受け入れ可能でしょうか」というもの。
受け入れ可能である旨を伝え、その子はチームの一員となった。
ところがルールは守れず、コーチの話を聞けない。さらにはコーンを蹴り飛ばすこともあった。どうすればいいだろうか。悩んだ乾の頭に、あるアイデアが閃く。
「こういう子たちの学童を作れば思いっきり身体を動かせるし、楽しくサッカーができるんじゃないか」
こうして乾は、放課後等デイサービスを一から設立することを決意した。
ただし、サッカースクールとは違い、放課後等デイサービスについては知らないことばかり。スタートまでは多くの苦労があった。
「放課後等デイサービスを始めるにあたって、会社を設立しないといけませんでした。
妻と二人三脚で会社をやっているんですけど、会社を設立するためにいろんな書類を出す必要があり、放課後等デイサービスをやるにあたって建物の基準も細かかった。
初めての分野なので分からないことばかりで、何回も市役所に行ったり、児童施設に行ったりして『ここ足りないよ』『ここを追加してね』という繰り返し。
あとは資格を持っている人がいないといけないので、そういう人を探す必要もありました」
多くのハードルを乗り越えた末に、放課後等デイサービス「ココエールtonan」を設立した。
きっかけとなった子は現在、ココエールtonanに通っている。
「少しずつ先生の話を聞けるようになっていますし、大好きなサッカーを思いっきりできています。それを見ると、設立して良かったなと思います」
受け入れられないという選択ではなく、どうやったら受け入れられるかを考える。乾の人柄を端的に表すエピソードだ。
密かに抱いていた、V・ファーレン加入時の打算
V・ファーレンがJ1昇格を達成することになる2017シーズン、乾は長崎に加入した。
それまでの5シーズンを地元のザスパクサツ群馬(現・ザスパ群馬)で過ごし、背番号5を背負う中心選手へと成長していたものの、選手としてもう一皮、二皮むけたいという思いは大きくなっていた。
「群馬からの契約延長の話もあったんですけれど、その時に長崎からオファーをもらいました。12月に高木監督や強化の方と話をして、長崎でやりたいと思って移籍しました」
群馬時代、長崎は同カテゴリーのライバルであると同時に、魅力的なクラブだと感じてもいた。
選手たちがハードワークする姿や、勝利のために全力を尽くす姿が印象的だったからだ。加えて、多少の打算もあった。
「長崎がJ2に参入して以降、プレーオフに行ける年、プレーオフに行けない年、プレーオフ、と交互にきていたんですよ。流れ的に、2017年はプレーオフに行ける年になるんじゃないかなと考えました」当時を思い出し、笑う。
現在のチームにも通ずる「一体感」
前年の長崎は、J2で15位と苦しんでいた。それでもチームの一員になると、長崎の良い印象は間違っていなかったと実感する。
高木琢也監督(現・V・ファーレン長崎取締役兼CRO)の熱い指導を受けるチーム内は、全選手がひたむきだった。
「僕が見ている限りだと、マイナスな発言をしている人が全くいなかった。すごくポジティブに取り組めていたと感じます」
成績が悪い、出場機会が得られないなど、想定していたようなシーズンを過ごせない選手が不満を抱くことはチームスポーツの常で、サッカーにおいても珍しくない。それが言動に表れると、雰囲気が悪くなりチーム状況にも悪影響を及ぼす。
「結果が出なかったり試合で負けたりすると、やっぱり不満はあるじゃないですか。
例えば監督の戦術が悪いとか、誰々が出ているから悪いとか、誰かのせいにしてチームがバラバラになりやすい。
心の中では絶対思っているはずだけど、長崎の選手はそういうのを表に出していませんでした」
チームに漂っていたのは不満ではなく、強い一体感だった。
現在のチームにも通ずるそれは、先人たちから受け継がれた長崎の伝統とも言うべきものかもしれない。
「練習で全員が必死に取り組めていたし、試合に出ていない選手も紅白戦で相手チームの役割をしたりと、出ている選手以上に全力でプレーしてくれていたのもすごく力になっていたと思います」
また、2013年から2024年第32節までのホームスタジアムであり、V・ファーレンのJ2参入に不可欠だったトラスタからも大きな力を得ていた。
「すごくやりやすい雰囲気で、選手が頑張ろうとなる雰囲気を出してくれる場所でした。
2017年はトラスタで負けた記憶はあまりありません。
スタジアムもそうですし、ファン・サポーターの応援もすごく心強かったです。自分はいろんなチームに行きましたけど、長崎の応援って好きなんですよ。
テンポだったりが好きで、応援で頑張ろうという気持ちにもなっていました。自分を奮い立たせてくれるスタジアムでしたね」
11月30日公開予定の【2】へ続く。
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