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師走とタクシー

大学で映像を学ぶ学科にいるので、脚本を書く授業を受けているのですがほぼ小説寄りの脚本を書いてしまい再提出になったためnoteで供養します。タクシー運転手の話書いてみたかったんです、、ありがちだけど。

◯深夜の××駅タクシープールにて

牧は吸っていた紙タバコを灰皿に押し込み、白いため息を吐いた。古ぼけて元気のない「空車」の文字を傍に、タクシープールの先頭へと車を進める。

乗客A 「乗れる?##区$$まで!」

酔っているのか威勢のいい若手社員風の男が酒臭さと共に乗り込んでくる。

牧「##区$$ですね。かしこまりました。」

どれだけ酔っている客にも平静に対応できる能力は百年を超えるタクシー運転手人生で培われた。何を言われようと牧は動じない。

牧「ありがとうございました。2300円になります。」

乗客A「これで。」

客が腕を差し出す。あいにくICチップでの支払いには対応していないことを伝える。

乗客A「そっすか。」

若干渋い顔をしていたが、大人しくちょうどの額を支払い、降りて行った。

現金。この百年の間で二度、デザインは変わっている。しかし若者を中心に体に埋め込まれたICチップによる決済が主流となっている。牧のタクシーには未だに対応する端末は置かれていない。

日本に2000年代前半の面影はもう無い。牧が生まれたのは2003年。スマートフォンが出てきたあたりから、時代は良くも悪くも大きく変わった。自動運転車の開発によりタクシー運転手という仕事も窮地に追いやられたが、2070年に起きたコンピューター誤作動による自動運転車の相次ぐ事故により、完全な自動運転車の発売は禁止され、駐車アシストなど形だけが残った。

牧は物事に動じないタイプなので、時代の変化にはなんとか適応していった。ただ、なぜか死なない自分の体と、次々と死んでいく周りの人々の存在には、動揺と悲しみが隠せなかった。もう身よりもなく、これ以上人との関わりを増やしたところで悲しみが増えるだけなので、タクシー運転手というその場限りの関係で終わる職業は彼にとって天職なのであった。


◯年末の夜、都内某所

牧、手をあげる女性の傍らに停車。

女性「××町〇〇まで乗せていただけますか?」

どこか寂しげな雰囲気を纏った女性。

牧「かしこまりました。」

静かに車を走らせた。

女性「年末って、みんな焦っていますよね。ただ年が変わるだけなのに。」

牧「そうですね。かなり昔の言葉ですが、師走っていうくらいですからね。警察の取り締まりも年末は厳しいので、気を付けてます。」

女性「師走。昔はよくそう言いましたね。」

牧「ご存知でしたか。」

女性「もちろんです。このお仕事は長いんですか?」

牧はどきりとした。タクシー運転手というのは、話しかけられたとしても客の愚痴や自慢話を延々と聞かされるのが主であった。自分のことを聞かれるなんて久しぶりだった。そしてなんだか話のわかるこの女性になら、不死身のタクシー運転手であることを打ち明けてしまいたくなった。

牧「長いですね…。」

女性「一つのお仕事を長く続けるって、かっこいいと思います。私なんて何回も転職してやっと行き着いた今の職場も、しんどくてやめたいです。」

牧「どんなお仕事をしてらっしゃるのですか?差し支えなければお聞きしたいです。」

女性「あまり人には言っていないんですけど、自分の血液とか細胞を研究材料として使ってもらって、そのリターンでお金をもらってる、て感じです。」

牧「そんなお仕事もあるんですね。」

女性「そうなんです。自分の体質が特殊だからみたいです。しょっちゅう採血されたり、薬を飲まされたり、まるで人体実験みたいで、自分というものがどんどん削られていく感覚で…。そんな生活がもうしんどくなってしまって…。」

女性の鼻水を啜る音がタクシーの中に無機質に響いていた。

牧「辛いお仕事ですね。ご無理なさらないでください…。私もと言ってはなんですが、毎日毎日、何が楽しくて生きているのかわかりません。失うのが怖くて、何かを得ることができないんです。」

女性「わかります。もう何かを失いたくないのに、今は自分自身が削られていって、そのまま失われてしまいそうです…。」

自分自身。心を無にして、目まぐるしく変わる世界に身を委ねながら生きていた牧にとっても同様、失われつつあるものだった。

牧「…もうすぐ、着きます。たくさん話してくださり、ありがとうございました。4800円になります。」

女性「これって、使えますか。」

差し出したのは紛れもない、樋口一葉が印刷された五千円札だった。牧は目を疑った。




牧「私はこれが当たり前に使われていた時代を、生きていました。」




女性「そうかもしれないと思っていました。とても綺麗な日本語を使ってらっしゃるので…。私も同じ、長生きの人種です。」

牧は震えた。失ってばかりの辛さをわかる人がこの世界にいたなんて。

女性「では、またいつかどこかで。」

牧「…あ、はい、ありがとうございました。」

何か言いたげな声で女性を見送った牧は興奮や安堵の入り混じった感情を抱いていた。連絡先も名前も知ることができなかったことをひどく悔やんだ。踏み込んだことができない牧の性格が故のことだ。


それからというもの、牧は変わらず運転手を続けた。自分と同じ寂しさを抱えるあの女性を探しながら。牧は彼女を救いたかったし、彼女に救われたかった。


◯それから約2年後の年末 午前四時

雪の降る夜をうんざりしながら運転する牧。

女性「××町〇〇までお願いします。」

聞き馴染みのある声。ルームミラーに写っているのは紛れもなくあの日の彼女だった。

牧「覚えてらっしゃいますか。」

女性「もちろん。お久しぶりです。」

牧「前よりも元気そうで、安心しました。」

女性「そうですね。実は…。」

牧「はい。」

女性「私が人体実験を受けていた話は前したと思うのですが、それについて話したいことがあって、私も牧さんを探していたんです。」

なぜ名前を知っているのか。

牧「なん、でしょう。」

女性「私たちにも、寿命があったんです。」

牧が震えた声で返す。

牧「どういうことでしょう…。」

女性「人体実験の結果色々なことがわかったんです。身を削った甲斐があったのかもしれません。」

一呼吸おいて、続ける。

女性「私たちの寿命はおおよそ常人の2倍だということがわかりました。今日本に生きているこの人種の人間は私と牧さんだけのようです。要するに200歳くらいで死んでしまいます。私たちにも、終わりがあったんです。」

牧は動揺していた。無限だと思っていた命は、もうそこまで長くは残っていない。

女性「それを聞いて私、肩の荷が降りました。寂しい、悲しいばかりではなく、自分が有限だからこそ、周りのものが輝き始めたというか…。牧さんもきっと、この現実を呑み込めたら、そう思えるはずです。」

牧はすぐには整理がつかなかった。でも、このうんざりするような単調な毎日でも、終わりが来ることを考えると何か意味を持っているような、そんな気がした。女性の言っている、周りのものが輝き始める感覚が、少しわかった。

牧「そう、ですね。少しずつわかってきたかもしれません。」

有限だからこそ美しい、というありふれた言葉が目の前に体現されていくのを感じる。今になって、この平凡な毎日に名残惜しささえ感じた。

女性「牧さんにもそう感じてもらえたなら、よかったです。もうじき死んでしまうというのに、それゆえに生きる希望が見えてくるなんて、おかしな話ですよね。」

牧「生きた心地がしますね、死ぬのに。」

二人は笑った。牧はタクシーの料金メーターを切った。


牧「海を見に行きませんか。海だけは昔から、どんな時も変わりませんから。」


牧は少し明るくなった寒空の下、アクセルを少し強く踏んだ。


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