日記39
僕はコアラが好きだ。名古屋に長く住んでいたからかもしれない。名古屋はコアラを大事にしている。東山動物園にはビックリするような広大なスペースにたくさんのコアラが飼育されている。来場者たちは林立しているユーカリの木に目を凝らし、やっとコアラらしきものを認知する。認知したところでコアラは微動だにしない。モソモソと、口を動かしているコアラを見られればラッキーだ。たいていは樹上でうずくまって、寝てゐる。東山動物園では、コアラの繁殖に成功した、なんて話もニュースとして大きく取り上げられる。そんな土地柄だ。中日ドラゴンズのマスコットキャラクターであるところの「ドアラ」も人気者。やっぱり名古屋とコアラは切っても切れない関係であるらしい。
そのコアラの脳を見た。脳の標本。ツルっとしている。鳥の胸肉のようだと思った。他の哺乳類の脳には、少なからず皺が刻まれていて、高度な思考に堪えうる雰囲気を醸し出している。しかしコアラは違う。
コアラはユーカリの葉を食べて過ごしている。ユーカリの葉には毒があって、その毒の分解のために、20時間も寝て過ごす必要があるらしい。ユーカリを食べて、寝て、排泄して、一生に何度かは繁殖する・・・コアラの生涯は驚くほどシンプルだ。そもそも選択肢が存在していない。
スティーブジョブズが、脳のリソースを温存するために、毎日同じ服を着ていた、という話は有名だ。人間には選択肢が多い。朝何時に起きるか、起きてから何をするか、何を着るか、シャワーは浴びるのか、寝癖は・・・直す必要があるのか、朝食には何を食べるのか、あるいは食べないのか。植物にどの程度水やりをするのか。鳥のエサはまだあるのか。出勤するまででさえ膨大な選択肢をせっせと吟味し、行動している。膨大に過ぎる!
こんなもん疲れちまうに決まってる!ほぼルーティン化している平日の朝でさえ、この有様。職場に着いたらもっと多くの選択をするように強要される!やっていられるか、こんなに選びたくない。普通に生きていければそれで構わないのに、普通に生きていくためにこんなにも選択が必要なんだ!うんざりだ。丸山真男が「休日ですら何かを『する』日になってしまっている」と指摘していたが、そうであるならば真に休まる日はどこにも無いことになる。
何も選ばずにいられる地平が、どこかにあるのだろうか。あるならぜひご教授いただきたい。