AIと一緒に漫画を描いてみた
突然ですが、あなたには
「すごい人が入社すると聞いて期待していたのに、いざ実務に入ってもらったら全然成果が上がらずびっくりした」
…という経験はありませんか。
実は私は最近、こういった体験をしたことがあります。
みなさんも状況をご自身に置き換えて、想像しながら読んでみてください。
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大変優れた新入社員が入ってくるらしい。
私はその世話役となる予定だ。採用した上司はその社員を非常に高く買っているらしく、彼の高いスキルには私も大変興味をそそられた。
新メンバーがプロジェクトを大きく改善してくれる未来を夢見て、社内は期待に満ち溢れた。
しかし、現実は理想通りには運ばなかった。
新メンバーに任せた仕事は、期待を大きく下回るものだった。
最初は優しく見守っていた周囲の表情にも、少しずつ落胆の色が隠せなくなってくる。
何より、困惑したのは世話役を任されている私だ。
優秀だという前評判は嘘ではないはずなのだ。実際に彼と接していると、他のメンバーとは一線を画した彼独自の視点や、スキルの高さを感じることができた。しかし。実際の仕事で、成果を出すことができないのだ。懸命な仕事もむなしく、彼は的はずれな提案を繰り返し空回り続けた。
一体何が問題なのか。
「いくらスキルが高かろうと、この仕事においては彼は無能だった」──そう切り捨ててよい話なのだろうか。
もしや無能なのは、彼の能力を生かすことができていない、私なのだろうか。
本当のことはわからない。とにかく私は、こうして今や「お荷物」となりかけている新入社員と一緒に、このプロジェクトを乗り切らなくてはならないのだ…。
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AI画像生成ツール!!!!!!
あんたのことだよ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
※念のため補足しておくと冒頭の文章は比喩であり、残念ながらAIくんは私の同僚として入社は叶っていません
というわけで、今回の視伝研テーマは「誰が一番AIをAI(あい)しているか??選手権」です。タイトルが悪ノリのダジャレな時点で我々のAIリテラシーの初期値が窺い知れますが、今回は初の対決方式での発表ということで各メンバー非常に気合が入っておりました。
ルールは単純。AIツールを使って1番面白いものを作った人が優勝!
社内からAIに詳しいありーず先生&内藤先生を、そして今をときめくChat GPT先生をゲスト審査員にお招きして対決を行いました。
■AIで漫画を描いてみよう!
文章も絵も作れるんだし漫画も描けるんじゃね?という浅い発想で、私は「AIで漫画を描いてみよう!」と決めました。
なにせ漫画を描くというのは大変です。ネタを考えて、セリフやコマ割りを考えて、すごい量の作画をして…週刊連載をされている作家さんは本当に化け物だと思います。
しかし私は作家でも化け物でもなくただの素人。そんな私でも、AIツールを活用すれば、すごい速さでいい感じの漫画が描けるようになるかも知れない!
…そう思っていた時期が私にもありました。
■サイバーパンク桃太郎との差別化
私の体験した地獄について語る前に、研究の狙いをもう少し詳しく書きたいと思います。
というのも、AIで漫画を描くという挑戦においては、偉大なる先人の作品が存在するからです。SNSでも話題だった「サイバーパンク桃太郎」です。
Kindleで商用版を購入して拝読しましたが、漫画原作者さまの作品ということで非常に面白いです。AI画伯の独特な不安定さも世界観の演出に一役買っており、見事な活用例だと思います。
せっかくなので、単純な二番煎じにはならない取り組みをしたい。
そこで私は、取り組む目的をより具体的にしました。
・人間である「私」の作風を絵や文体に反映させる。
・「私の作品らしさ」を残すためにはどの作業までならAIに任せられるのか、人間とAIの分業のギリギリラインを探る。
分業という点で、「原作が人間で作画がAI」という活用法はイメージしやすいでしょう。サイバーパンク桃太郎もこの形です。
一方、実は私、絵は描けるんです。ちょっとね。
あとお話も考えられます。少しね。
つまりAIには、ネタ出しから仕上げまで、私のやりたいこと全体を少しずつ手伝ってくれるアシスタントになってほしいのです。
「AIが描いた漫画」ではなく「AIを使って私が描いた漫画」として成立するためには、果たしてどう分業すればいいのか。
どの工程ならAIにお任せできるのか。
どの工程は「やはり人間じゃないとダメ」なのか。
それを探ることを今回の目的にしてみました。
■とりあえず読んでみてください
ハードルを上げすぎてもなんなので、ここで一旦もう完成品をお披露目してしまいます。どうぞ!
荒削りですが、まあまあそれっぽくなってくれたと思いませんか?
ここから、メイキング(という名の地獄)について解説していきたいと思います。
■AIと一緒にストーリーを考えよう!
私はネタを考える工程が一番好きなので、その役目は人間がいただくことにしました。
まず人間とAIの話を描くことに決め、そこから「人間の社長とAIの秘書と思わせて、実はAIなのは社長のほうだった」というオチにしようと決めました。
しかし、描きたい部分が決まったあと、そこに向かうまでのシナリオを考えるのが大変です。
そこで!Chat GPTさんの出番だ!!
簡単なキャラ設定をインプットさせ、起承転結でシナリオを考えてもらいました。
シナリオは意味不明ですが、何点かおもしろい記述を見つけました。
秘書が社長を愛していること。
人間の社長を監禁し、代わりに瓜二つのAIを表舞台で社長として働かせていること。
これは活かすことにし、設定として改めてインプットさせることにします。
しかし、どんなに懇切丁寧に設定を入力しても、肝心の起承転結はまったくオチに対して筋の通ったものになっていきません。雲行きが怪しくなっていくのを感じます。もしやChat GPTにミスリードの設計は難しいのではないか…?
私の頭の中に「人間が考えたほうが早くね?」という悪魔の囁きが早くも聞こえ始めます。
そこで、いっそのこと「普通の話」を考えてもらうことにしました。
「本当は社長がAIで、秘書が人間」というトリックをChat GPTには伝えず、「社長とAI秘書の日常」を考えてもらったのです。
とても普通のお話ができました。
クソつまらないですが、筋は通っています。
これを活用し、「AI秘書ちゃんとのハートフルな日常のやりとりは、彼女の陰謀によって偽装されたものだった」というオチに加工することにしました。
最後は人力に頼った感がありますが、仮に人間がゼロからこれを書こうと思うと、「ハートフルな日常のやりとり」を具体的にどんな出来事にするのか考えるのが地味に面倒です。そこをショートカットできたのは意義があったと言えるでしょう。
それに、社長がスピーチをするシチュエーションは私の引き出しにはなく、完全にAIが提案してくれたものです。私のやりたいことと、AIにしかできないことが、いい感じに混ざったのではと思います。
■AIと一緒に脚本を書こう!
次にセリフを決めていきます。
まずは、先程考えたストーリーを、人間が起承転結に分けて箇条書きで書きます。
私の頭の中に「ここまでやったならもう全部人間が考えたほうが早くね?」という悪魔の囁きが再び聞こえ始めますが、Chat GPTさんの意見を聞いてみましょう。
意外にもいい感じ!
ほとんどそのまま使えました。
特に、社長のスピーチの内容など、「シーンとしては必要だけどセリフを考えるのはあんまり楽しくない」というところの辻褄合わせがとても楽なのは助かりました。
Chat GPTさんはネイティブ日本語スピーカーではないので、敬語がデフォルトなのは仕方ありません。口調は人力で整えていくことにします。
■AIと一緒にキャラデザをしよう!
お話が整ったところで、いよいよ楽しいキャラデザの時間!
ここからのAI戦士はChat GPTさんに代わりMidjourneyさんが活躍します。
デザインを起こすキャラクターは、社長の「レイ」と、秘書の「セノ」の二人。どこに出すものでもないと思っていたので完全に内輪ネタです。
まずは人力でキャラクターに必要な要素を文章で書き出し、それをMidjourneyに入力して絵にしてもらいます。
レイ:
・IT企業の社長
・「実はAIでした」のオチが飲み込める程度の機械的装飾
・近未来的なデザイン
・40代くらいの威厳ある男性
セノ:
・秘書
・AIとミスリードできるような、機械的なデザインの服飾
・愛嬌のある20代女性
少しずつ言葉を変えて大体10〜20 パターンくらい生成しました。
この結果を活用し、印象のよい要素を抜き出して外見の情報を定義していきます。そしてこの新しいキーワードを使って、さらに10〜20 パターンくらい生成します。
レイ:
・前髪を上げた品のある短髪
・口ひげと顎ひげ
・発光するヘッドフォン
・レザーの立て襟ロングジャケット
・白シャツにネクタイ
セノ:
・ピンク色のツインテールヘア
・メガネ
・機械的なヘアアクセサリー
・白シャツにネクタイ
・タイトなミニスカート
ここまで定義すると、だいぶ安定して似たようなデザインのキャラクターが出力されるようになってきます。最終的なキャラクターデザインを決め、より詳細な要素を定義しました。
レイ:
・前髪を二房垂らしたオールバック
・口ひげと顎ひげ
・発光するヘッドフォン
・立て襟ロングジャケット
・発光するブローチ
・シャツにネクタイ
・スマートウォッチ
・シンプルな革靴
セノ:
・ふわふわしたピンク色のツインテールヘア
・斜め分けの前髪
・メガネ
・ヘッドフォン風の機械的なヘアアクセサリー
・シャツにリボンタイ
・タイトなミニスカート
・ニーハイソックス
・ふくらはぎが隠れる編み上げブーツ
うん!いい感じにできましたね!
ここで定義した情報を使って、いよいよ漫画の作画に入っていきます。
どうやらMidjourneyさんとは仲良くやっていけそうです!(フラグ)
■AIと一緒に作画をしよう! 〜地獄編〜
コマ割りはAIに頼む方法がわからなかったので人間がやってしまいました。
それぞれのコマにふさわしいシーンを描いてもらえるよう、Midjourneyに情報を入力して生成しまくります。さきほどキャラデザで定義した要素に加え、どういうシチュエーションかの定義も入力していきます。
しかし、ここで壁にぶち当たりました。
なんかちょっとキモい!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
どうやらMidjourneyさん、キメ顔以外の表情を描くのが絶望的に苦手のようです。
というか、単に同じキャラの表情差分を生成するだけでも大変です。さらにマンガ風の魅力的な表情デフォルメを出してもらおうと思うと至難の業です。そして薄々気づいていましたが、絵柄もある程度指定できるとはいえ、一人の作家が描いたと感じられるほどの安定はできません。
キモいよーーーーーーー!!!!!!!!泣
思い通りの絵の生成ができないこと山のごとし。生成作業だけで既に、人間がゼロから下書きを描くのと同じかそれ以上の時間がかかっています。
もちろん私にはここまでフォトリアルな絵を一瞬で描くことなんてできないのですが、そういうことじゃないんです。だって、今必要な絵が出てこないんだもん!意味ないじゃん!
世間では「AI絵師」という存在が物議を醸していますが、私はこの時思いました。
AIで絵を描くの、死ぬほどムズい。
これはすごい技術だ。
いわゆるAI絵師が批判される文脈としては、やはり権利問題・盗作問題といった内容でしょう。法やモラルの話です。悪意ある盗作はもちろん論外ですが、この問題は「絵の生成はできるのに、絵を見る目はない」という人間が発生していることに起因していると考えます。「作家Aさんの絵」と「Aさんの絵柄そっくりの絵」の違いが理解できず、海賊版でも構わないと思っているような人間がAI画像生成ツールを使えば、リスペクトを欠いた粗悪品をばらまいたとして当然批判もされるでしょう。
しかし。
それとは全く別の文脈で、理想の絵をAIで生成できるという技術そのものは称賛されるべきだと強く感じました。
だって!!!!!!!!!
すっごく難しいよ!!!!!
これ!!!!!!!!!!!!!!!!
AI画像生成ツールが意外とアホだったのか。それとも使いこなせない私がアホなのか。うまくいかない焦りとイライラをどこにぶつけていいかわからなくなり、Googleの検索履歴だけが増えていきます。
「もう人間が描いたほうが早くね?」という心の声を、私はついに無視できなくなりました。
■AIと一緒に作画をしよう! 〜共創編〜
というか本来は私の絵柄をAIに学習してもらって再現してもらう方法が良いのでしょうが、今の私の技術ではそれは実現できなかったため、大人しくMidjourneyとの共創のラインを探っていくことに方向転換しました。
まず、生成する絵は構図と背景情報の精度を重視します。
人物はどちらにせよレタッチが要るため、生成結果が微妙だろうとガン無視します。絵柄の違いもガン無視です。
そして、絵柄の違い・キャラデザのぶれ・表情の硬さなどをガン無視したまま、さきほどのコマに配置していきます。
さすがにこのままだとクソコラ選手権になってしまうので、絵柄を整える作業を行います。CLIP STUDIO ASSETSで配布されているレイヤーテンプレートを使い、全体に効果を適用します。
オッッケ〜
こっからは人間の仕事だね…!!
怒涛のレタッチ祭りです。足りないパーツを描き足したり、顔のデフォルメを平均化していきます。さすがに全部上から描き直すのは面倒すぎて最悪なので、修正が要る部分以外は元絵を残しています。特に自動生成臭の強いパーツの上はしっかりめにフリーハンドの線を描き入れ、「私が描いたっぽい」絵にしていきます。
その結果、AI作画のフォトリアルな陰影と私の手癖のデフォルメが混ざった、謎の渋みのある絵ができあがりました。
ちなみに、AIを一切使っていない普段の絵はこんな感じです。どちらかというとポップでカラッとした方だと思うんですけどどうでしょう。
この絵柄の変化が面白かったので、謎の渋い雰囲気に合わせてセリフのフォントも変えてみました。
さて、絵は意外な効果が出たものの、ベタの面積が多くて画面が重苦しいので調整していきます。
ここで使うのはCLIP STUDIOの自動彩色機能!これもAIを活用した機能だそうですよ。2値化されたカケアミの上に淡い色を乗せて雰囲気を和らげます。さらにグラデーションマップをかけて色相幅をぐっと狭めると、AIの話なのに古書のような退廃的な雰囲気になりました。
そして最後の仕上げ!
効果線などの漫画的な演出を入れていき…
完成!🎉
終わった瞬間に力尽きて寝たので正確な制作時間は測れませんでしたが、結果的にはフル人力の作業よりは少し早く完成させられた感触です。
ですが、AIの価値は必ずしも時間短縮ではないと思いました。この漫画は、AIの力を借りないと生まれなかった。私が自力で描いたのなら、同じネタでも全く違うアウトプットになっていたでしょう。まるで、自分以外の誰かと合作をしたような体験でした。
そう思い、私は研究タイトルを変更しました。
「AIで漫画を描いてみよう!」ではなく、「“AIと一緒に”漫画を描いてみよう!」に書き換えてみたのです。
もしかしたらAIの価値というのは、クリエイターの新しい可能性を広げてくれることなのかもしれないな。
そんなことを感じ、一緒に作品を作ってくれたAIさんたちに感謝しながら、
二度とやらねえと心に誓いました。
■おわりに
AIに限らず新技術というのは、「技術を活用したい」というモチベーションでものが作られることが多いと感じます。
それはもちろん素晴らしいことですが、クリエイターの中には「その技術を使うことで“私の作品”にどんな良いことがあるのか?」という興味のほうが強い方も多いことでしょう。私は圧倒的にそのタイプです。
どんな技術が使われたかではなく、どんな作品が生まれたか。
そういう意味ではAIも、絵の具や楽器と変わらないと私は考えます。
AIを特別視せず、ましてや商売敵としてでもなく、単なる新しい画材として向き合ってこそ、クリエイターにしか生み出せない未来の表現に出会えるのではないでしょうか。
(今はまだ実用に際しては権利上の問題が気になるけどね!)
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ちなみに「誰が一番AIをAI(あい)しているか??選手権」ですが、私の努力も虚しく、優勝はわかぼさんの作品でした。
上には上の狂気が存在することを思い知らされました。
〜 完 〜
この記事は視覚伝達情報設計研究室(通称:視伝研)の研究発表テーマ04「誰が一番AIをAI(あい)しているか??選手権」の研究発表の1つです。
その他の発表はこちらから!
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