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#14『スイッチ 悪意の実験』感想


今回ご紹介するのは、
潮谷験(しおたにけん)先生の
『スイッチ 悪意の実験』という作品です。

*この先、ネタバレを含みますのでご注意ください。
【目次】
○あらすじ
○装画・装丁について
○感想
 ・ミステリーへの展開が面白い
 ・宗教を信仰する理由
 ・悪事を憎んで宗教を憎まず
 ・神と全知全能
○最後に
○著者について

○あらすじ

夏休み、お金がなくて暇を持て余している大学生達に風変わりなアルバイトが持ちかけられた。スポンサーは売れっ子心理コンサルタント。彼は「純粋な悪」を研究課題にしており、アルバイトは実験の協力だという。集まった大学生達のスマホには、自分達とはなんの関わりもなく幸せに暮らしている家族を破滅させるスイッチのアプリがインストールされる。スイッチ押しても押さなくても1ヵ月後に100万円が手に入り、押すメリットはない。「誰も押すわけがない」皆がそう思っていた。しかし……。

*講談社BOOK倶楽部HP 内容紹介 から引用

○装画・装丁について

本作は

表紙イラスト:jyari
装丁:川名潤

その他関係各所の企業の方々によって創られています。


今回もジャケ買いしました。
私の大好きな箔押しが散りばめられていて、ギラギラです。美しいというか、輝かしいです。

表紙イラストを見ると、
中央に女性、そして背景には遊園地が描かれています。
女性は差し出した左手にコインを持っている所を見ると主人公の箱川小雪、遊園地は作中何度か登場した小雪の脳内遊園地でしょうか。

そしてよく見ると、箔押しのギラギラした部分は彼女自身の身体を覆い、徐々に砕け散っているようにも見えます。
そう、作中ありましたね。
『光意』を試みた小雪が、過去に自分が創り出した自身を破壊する場面です。

この場面を読んだとき、思わず表紙を見返しました。

こうやって表紙のイラストが作中でどんな意味を持っているのかが判明する瞬間は、読書の中でも一際湧き上がるものがありますね。

○感想

ミステリーへの展開が面白い

基本的なストーリーは結構面白かったです。
スイッチを押すのか押さないのかで話がまとまるかと思いきや、実験期間の話は作品中盤で終了し、まさかまさかの殺人ミステリーが始まるなんて思いませんでした。

"メフィスト賞"という賞を恥ずかしながらこれまで聞いたことがなかったんですけど、こういうミステリーの作品の賞なんでしょうか。

そのミステリー部分、
中盤から後半は宗教絡みのストーリーでかなりタイムリーな話題だなと思いながら読んでいました。登場人物たちの人生が中々ハードで衝撃でしたね。

宗教を信仰する理由

宗教絡みで言えば、印象に残った部分があります。
それは物語前半、
小雪が"自分の感情をコントロール出来る"という自身の能力について、
「そんなに大した能力ですか?」
と園長先生に聞いたときの、園長先生の言葉。

「もし全人類にそのような所業が可能なら、歴史上、宗教なんて代物は生まれなかったに違いありません。

(中略)

自分一人で不安を解消できないから神仏にすがらせるという迂遠な試みなのです。
不安や絶望を、スイッチ一つで簡単に切り替えられるような人間が存在するなら、
神様なんて必要ないんです。」
『スイッチ 悪意の実験』p.85

なるほど、
確かにそうかもなと思いました。

私はいわゆる無信教で、
残念ながら自分の感情をコントロールする力もありません。

ですが、思うのです。
何か自分の中で抑えきれない怒りや不安が溢れたとき、自分の信じる唯一の存在にすがることが出来たのならどんなに心強いでしょう。

悩みを抱えて他のことが手につかないとき、「あなたは救われる」と思わせてくれる存在がいたらどんなに幸せでしょう。

特にどの宗教が良い悪いと言いたいのではありません。

"万が一のときに、自分を救ってくれる存在がいる"
そう思えるのはとても幸せなことかもしれないと思うんです。

こう考えれば、
宗教や神を信じる気持ちは少しわかる気がしませんか?

人は自分でコントロール出来ない感情があるからこそ、
時に何かにすがりたくなり、
何かのせいにしたくなり、
何かに助けてもらいたくなるんです。

悪事を憎んで宗教を憎まず

少し本作の感想からは逸れますが、
宗教関連でもう一つ。

世の中様々な宗教がありますが、
皆さんは"宗教を信仰している人"をどう思いますか?

私個人の意見としては、
"悪事を憎んで宗教を憎まず"
という考え方が大切だと思うんです。

「罪を憎んで人を憎まず」と同じです。

よくいるじゃないですか。
宗教に入っているというだけで、内情も聞かず悪いものだと決めつけたり、
ましてや「辞めた方がいい」などと
"助けてあげる"感を出す人。

こんなのは自分の正義の押し付けです。

確かに、
最近の話題でも宗教に恨みを持って罪を犯す行動に出たりする人はいますし、
所謂"宗教二世"の苦しみもネットでよく取り上げられています。

でもそれは宗教そのものが悪いのではなく、
実際に罪を犯した行動が悪いのです。
その行動に出た人間が悪いのです。
信者の子どもにまで信仰を強いり、
信仰の自由を当たり前に奪おうとする人間の行動が悪いのです。

"宗教=悪"は強い偏見です。
罰せられるべきはその悪事であり、
宗教そのものやそれを信仰する人ではないのではありませんか?

先述したように、宗教や神を信仰することでその人がただ幸せになるのなら、それが悪いことなわけないでしょう。

"知らない・怪しそうだから、悪い"は間違っていると思うのです。

物事の良し悪しを判断するには、
その内情をよく知ることが必要なのです。

神と全知全能

これは個人的に興味深いなと思った場面。
作中に登場する架空の新興宗教"光意安寧教"の教義が語られる部分です。

以下作中本文から意訳します。

「人々が安心して神に服従するには、神は"全知全能"で圧倒的な暴威を示す必要がある。」
『スイッチ 悪意の実験』p.214
「全知全能の"全能"とは、人間のような消費カロリーをものともしない、"無限の燃料"を蓄えていることである。」
『スイッチ 悪意の実験』p.214
「全知全能の"全知"とは、脳細胞や半導体ではなく、"無限の記憶媒体"を持つことである。」
『スイッチ 悪意の実験』p.214
「つまり、神は"全知全能"であるために"無限"を持っていなければならず、この無限とは、"全ての領域が神で満たされていること"を意味する。」
『スイッチ 悪意の実験』p.215
「よって、全宇宙が神で満たされていることになり、つまり我々人間は神の一部であり、神そのものである。」
『スイッチ 悪意の実験』p.215
「とすると、我々はすでに救われている。日常の恐怖や不安など、神である我々には取るに足りないものである。」
『スイッチ 悪意の実験』p.215

どうですか?

神が全知全能であるためには、我々が神の一部、神そのものである。
つまり既に我々は救われている。

という論理、私は中々面白いと思いました。

ただ個人的に無限に関する部分は
「無限の燃料・無限の記憶媒体」
=「無限の領域」
というのは違和感がありまして。

無限の燃料と記憶媒体を持っているからといって、
それを全宇宙という領域に拡大するのは少し拡大解釈過ぎでは?と思うのですが。

まぁでもこれは「人には人の乳酸菌」。

作中の教祖の考えはそうであり、
この作品を読んだ私の感想は違うというだけ。

そこにどちらが正しいも間違いもありません。

そこまで含めて、この神と全知全能の理論は面白いと思いました。
「すでに救われている」って良いですよね。


○最後に

本作を読んでいる最中の素直な感想は、
「宗教って人生を狂わせることもあるんだな」
という感じでした。

ここで大事なのは、「こともある」です。

「宗教を信仰すると、人生が狂うんだな」
では決してありません。

今回この記事でも宗教や信仰についての場面を多く取り上げましたが、それはあくまでも私の個人的な感想として、印象に残った部分が多くあっただけです。

この記事やこの作品を読んで、
「宗教=悪」とは思わないでください。
(そもそもストーリーは完全フィクションです)

世の中全てが正しいとはいかないので、
宗教の中にそういった良くない団体や考え方も存在する、というだけです。

どうか、善悪の判断はそれに対して知見を深めた後に。


人には人の乳酸菌。それぞれが他人に迷惑をかけることなく、自分の一番幸せな道を選択できたらそれでいいんですよ。


○著者について

潮谷験(しおたにけん)

1978年京都府生まれ。
2021年に『スイッチ』(刊行時『スイッチ 悪意の実験』に改題)で第63回メフィスト賞を受賞しデビュー。
第2作目『時空犯』は「リアルサウンド認定2021年度国内ミステリーベスト10」の第1位に選出される。第3作目の最新作は2022年3月刊行『エンドロール』。


今回もご覧いただきありがとうございました!

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