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不定形でありたい、のだけれど

生きる中で大切にしていること。それが「不定形であること」です。もしうつろがM-1グランプリに1人で出て、万々が一決勝まで進むことがあったとしたら、冒頭の煽りVTRで

うつろの雑談部屋とは 不定形。


って見出しをつけるくらいには不定形でありたいと思っています。

余談はさておき実際、これまでも不定形を貫いてきました。書いた記事の種類は数知らず、どれもたわいもない記事ばかりですがジャンルは多種多様。いまだに自分の守備範囲を広げるというウォーミングアップを続けている感覚です。

しばらく前にテレビでMattさん (今はMatt Roseだったか) が「後出しジャンケンで生きていきたい」とおっしゃっていました。行動原理はまさにそれと同じだと思います。「こいつ、こんなことも考えていたのか」「こんな趣味もあったのか」と、ただただ驚いてほしい。自分に興味を持ってほしい。
一言で片付けるとただのエゴですが、でもそんなちっぽけな欲望が、僕を今日もパソコンへと向かわせ続けているのでしょう。

常日頃からもなるべく形を決めないように心がけています。日によってトーンを変えてみたり、対応を変えてみたり。根っこで信念にしている部分は変えられませんが、他人に言われて気づいた考え方の癖くらいならいくらでも治すことができます。「うつろって〇〇なやつ」と認識にない言葉で自分を定義されるのがあまり好きではないので、その時は必死で抵抗します。もっとも抵抗したところで、細かな瑕疵を目敏く見つけられて型にはめられてしまうのがオチではありますが。

私情で縛りつけられると可能性に傷がつく気がするんです。まだまだ20代前半、いろんな人生を歩んでいけるはず。自分の可能性をもう少し残しておいて、未来を想像するのが楽しいんです。例えば出過ぎた真似だとわかっていても、音楽を作ってみたい、小説を書いてみたい。そんなぼんやりとした目標に、少しずつ可能性の欠片を小出しにしながら近づいていきたい。そんな感覚です。

俯瞰で見ると僕の目標は全て面白さ、ユーモアにつながっています。音楽も小説もその他たくさんも、楽しいからやりたいと思うし、目標が生まれる。そのくせ他人がやっていないことをやってのけるのがユーモアだと思っている人間なので、基本的に僕の理想は実体験に基づきません。

最近思ったのは、誰かの名前を聞いた時に「あ、その名前〇〇〇〇と同じ韻踏めますね」とか即答できたら、相当面白いだろうなと。最初に掲げた「最終的には総投稿数10,000のバッジを獲得する」といのも、個人レベルではまだ達成したことがないだろうという漠然とした前人未到感に惹かれてしまったからだと思います。そのモチベーションのまま、心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつけている毎日です。


一方で陥るのは、地盤が固まっていないことによる誤解、理想と現実とのギャップ。縋れるものが何一つない中で、世間の強い風当たりに流されて飛ばされてしまうのはやむを得ない事実ではあります。

ここに僕の戦略性の穴がありました。「とりあえずノンジャンルでもなんとかなるだろう」という世間知らずのポジティブが、茨の道へと僕を歩ませてしまいました。意気揚々と出したMatt Roseさんの例を借りるなら、彼にはメイクという大きな武器があって、それで食っている中で後出しジャンケンをしている一方で、僕はまだはじめに出す手も決まっていない、そもそもじゃんけんのスタートラインに立っていないという感じでしょうか。

少なくとも今年の間には、ジャンケンポンのその先まではいきたいですね。今の拙書はまだまだ高校の学級日誌の自由欄の延長線レベルのものでしかありません。もういい年なんだから、そろそろじゃんけんの仕方くらいは身につけないと。

課題は見えました。あとは解決に向けて、一歩一歩進んでいくだけです。課題の解決にむけて積極的に取り組む力を身につけないといけません。スラスラ進んだ楽しいことへの一歩よりも、それら1つ1つは重くて厳しいものかもしれないけれど、乗り越えた先の未来をイメージして、着実に歩んでいきます。

この日々が僕の飛躍への糸口になることを願って。
心はアメーバで。


#毎日投稿 #雑談 #noteのつづけ方 #後出しじゃんけん #ユーモア

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