舞台「時子さんのトキ」感想(後半ネタバレあり)
■全体(ネタバレなし)
めちゃくちゃ面白かったです。
主人公の時子さんが過去を振り返りながら物語が進行していくのですが、場面転換がとにかく自然で現在と過去を行き来しても没入したままでいられる感じで。この「現在」がまさにこの2020年9月という設定で、もちろんコロナ渦であり登場人物もマスクやフェイスシールドを装着して検温消毒ソーシャルディスタンスと対策をしている様子が描かれるのですが、まさにその対策の様子がそのまま笑いどころとして昇華されていて観ていてとても心地良いです。お店の消毒をしているシーンで実際にスプレーが噴射されているということは壇上の清潔が保たれているということだし、キャストさんが密にならざるを得ないシーンではどちらかがマスクかフェイスシールドをしている。変な話、観ていて安心できる新しい演劇様式だと思いました。
公演中止が続き、半年ほど生の観劇の我慢を強いられていた後でこの作品を観られて良かったです。作・演出の田村さんがおっしゃる「演劇の灯を消さないようにしたい」という気持ちが伝わってくるようでした。
物語も、コメディでありつつも節々で色んなことを考えさせられる内容で、特に時子と翔真の間にある愛のようなものは一体どんなものなんだろう、お互いにどういう風に考えてこの関係を続けていたんだろう、と考える余地がありまして。
この後のネタバレありの感想でその辺り考察してみようと思います。
当日券の事前販売もありますし、配信もあるのでこれを見て気になったという方いましたらぜひ観劇をおすすめします!
■感想(ネタバレあり)
改行しておきます
結局、時子と翔真の間に愛っていうものはあったんですかね。
事前インタビューでは「純愛とはまた違った歪んだ恋愛」のように言われていましたが、蓋を開けてみれば、2人の関係ってプラトニックではあってその意味では純愛とも言えるし、歪んだ恋愛というほど恋だの愛だのがあったようには見えなくて。時子さん⇒翔真はわかりやすく「親子愛」だとは思うんです。時子さん本人も「親目線」「恋愛的な意味で好きとは言ってない」みたいなことを言いますし、登喜が自分ではなく旦那との生活を選んでしまったが故に注ぐべき愛情の先を失った結果翔真に投影しお金を使ってしまうという。ただ、終盤で元旦那さんから「お前が気にかけるべきなのはこいつ(翔真)じゃなくて登喜だろう」と言われるシーン、その後の「翔真のありがとうという言葉にも土下座にも何も思わなかった」というモノローグから、翔真に対して絶対的な親子愛を注いでいたわけではなく、所詮は代替品として現実逃避としての依存だったわけで、その辺りは確かに歪んではいるなと思います。翔真⇒時子の方が難しいなと感じていて、口論の末に時子を強く抱擁しキスを迫るシーンがどうしても「その場の勢い」だとか「女たらしが攻略対象を落とす行為」とかには見えなくて。「自己嫌悪と時子への申し訳なさと芽生え始めた愛情」からの抱擁のように思えました。その抱擁とキス未遂に時子さんはわかりやすく動揺し「歳も離れてるしそんなんじゃないから」「息子みたいなもん」と口走りますが(この時の時子さんめちゃくちゃ可愛い)、そこで翔真は「息子、か…」と悲しく笑うんですよね。これ、どうしても「時子とは恋愛関係になってもいいけど対象外と言われた」悲しみのように見えてしまって…。それ以前にも時子が目の前で息子と電話をしている時に翔真は絶妙な表情をしてたりして、「息子扱いされるけど実の息子でもない、だとしたら自分は何だろう」みたいな葛藤を感じたりもしてしまいます。それほど鈴木さんの翔真への役作りが丁寧で深いんだろうなと思うと推せますね(推してます)。こういった時子⇄翔真の関係一つとっても観客それぞれに解釈が違ってくると思うと、本当に良い脚本なんだな…田村さんすごいな…となってしまいます。推し演出家さんになりそうです。
制作発表時には「息子の面影のあるストリートミュージシャンに多額のお金を貸してしまうバツイチ女性の話」のような構想があり、そこから田村さんがキャストに合わせて当て書きをしていくというお話で、鈴木さんを当て書きしたクズってどんなクズな役柄なんだろうと期待しつつ不安もあったんですが、実際観た後になるとまさに鈴木さんにしかできないクズが翔真だったんじゃないかと思いました。翔真って、ボイトレ代をくすねたりバイトに行かずにフラフラしていたりしまいにはパチンコに諭吉を溶かしたりなど本当にクズだとは思うんですが、時子の元旦那がポカリを飲んできますと外に出るシーン(好き)で深々とお辞儀をしていたり、いざ謝るとなれば真摯に謝ったりと、根っからのクズではないんだろうなという要素が多々あって、時子さんが甘やかしてお金をあげたりするもんだからそこに漬け込んでどんどん自堕落になってしまうところはあるけど、最終的には実家に帰って月10万円の返済も頑張ってるわけですし根は真面目で優しい人なんだろうなと。「だって小夏ちゃん、旦那さんいるし…」っていうセリフひとつとってもそうですよね。倫理観とかはしっかりしてるんだなと思わされて好きなセリフです。時子の申し出も度々断ろうとはしていて、自分にお金を使う女たちのことを本気で下に見ていたら出てこない発想を持ってることは確かで。この辺りの人間性の良さっていうのが鈴木さんのお人柄がにじみ出た人物像なのかなと思えて好きです。鈴木さんはインタビューで「観終わったお客さんのほとんどが時子の味方になると思います」と言っていたんですが、いや、翔真を毛嫌いする人って実はそんなにいないんじゃないかな?と思ってしまいます。
時子さんについてもこれまた高橋さんのお人柄が出ている印象で、こういった「貢ぐ女性」が描かれる時にありがちな「主体性の無さ」「弱さ」というのが全く無いのが良かったです。しっかり自分の意思でお金を貸したりあげたりしている。劇伴と照明の使い方からするとおそらくスイッチはやっぱり登喜なんじゃないかとは思いますが。登喜からサッカー観戦を断られた直後に福岡の費用を渡す決意を半ば衝動的にしている。ありがとうも土下座も響かなかったのはその時登喜のことを考えていたからだ、というモノローグがありますが、振り返ると翔真に貢いできたその瞬間それぞれにも頭の中は登喜のことでいっぱいだったんだろうな、と思うと翔真がかわいそうだな…。
■翔真のここが可愛い!ポイント
・ウォウウォウ言ってる姿
・目があってイエーイイエーイ言ってる姿
・出会った当初の初々しい感じ
・出会ってしばらく経った後のタメ口で甘えてくる感じ
・ジト目
・「でも、時子さんの方が俺は好きだな」
・↑の後、変なこと言っちゃったかなって顔
・↑の後、無邪気に笑顔で手を振るところ
・下手とか言われると傷つくところ
・バイトと偽り部屋でごろんと寝転がってしまうところ
・パチンコ屋でウォウウォウ言ってる姿
・レッスン代をくすねた挙句の逆ギレ
・「じゃあ返す(微笑み)」からの「返すってば(怒)」
・実の母との電話での「ごめん…」
・綺麗な土下座
■美奈代ママによる100万円所感メモ
・居酒屋に貼ってある世界一周の旅、あれ!
・これで手に入る永遠の美貌!
・福○和子の指名手配報酬金!
・戸塚ヨットスクール年間授業料!
・40からでも始められる投資信託!
(2020/09/16現在)
■キャストさん感想
キャスト一人一人の感想を書いておこうと思います。
高橋さん⇒失礼ながら今作で初めて存在を知りましたが、本当に素敵な女性だと思わされました。まず鈴木さんを神聖視しない人というのが久々で笑。年上の頼れるお姉さんポジションで座組を引っ張ったでしょうし、そんな女性の座長を見て鈴木さんが何を持ち帰ってきたんだろうとわくわくしてしまいました。高橋さん、小柄でお顔が小さくて華奢なのにパワフルなお芝居をされるところがかっこよかったです。
鈴木さん⇒鈴木さんの演じるクズって…!?とドキドキしてましたが、愛すべきクズで良かったです。久々の現代劇で人間味のある役が観られて嬉しかった!消しゴムとかぼく明日でも思ったけど、現代を生きる等身大の役というのが上手くなったような印象でした。稽古でカットになったという犬を散歩するママさん観たかったです笑
矢部さん⇒鈴木さん曰く「体型が似ていて、横から見たときの薄さが同じ」。これずっと思ってたのでアフタートークでそう言われてめっちゃ笑ってしまいました。矢部さん、すごく味のあるお芝居をされるなぁと夢中になって観てしまいました。小学生の登喜が特に好きで、こういう子いるよなぁと可愛く思えました。また矢部さんのお芝居を観たいと思わされました。
伊藤さん⇒初見でしたが、すぐに魅了されました。美奈代ママの愛くるしさがたまらないし、田辺さんもちょっと嫌な人だけど憎めないし、人間味があって素敵でした。風の役を演じる際には「袖口でスタンバイ中そよ風になって準備している」とか、「楽屋では香港の話と根も葉もない噂話ばかりしている」など、素の伊藤さんにも俄然興味がわいています。また観たいです。
山口さん⇒なぜか20代くらいの人だと思い込んでいたのでおじいちゃんやパパを演じる姿に驚き、演じ分けで幅広さに驚きました。プライベートでも父親だそうで、だから説得力のある父親像だったのかなとしっくり来てました。お茶目でスケベな会長さんがすごく好きです。ハイタッチ直後に消毒されてびっくりしたり、しょうこさんを隣に座らせようとして無視されたりするところが好きです。また観たい!
豊原さん⇒山口さんとは逆に、演技を観てもっと上の人かと思っていたら20代で驚きました。演技も歌も上手くて貫禄があって素敵でした!大阪弁で鈴木さんをまくし立てるところが最高でした。「ウェポン」が好きです。小夏ちゃんの印象が強かったせいか、アフタートークでとてもお上品で静かな感じだったので驚きました。また観たいです!
ファンレターみたいになってしまった。すみません。
噴水と時計が止まった広場のセットで、ひとり色のついた服を着ている時子さん。取り巻く人物は皆白一色の服を着て兼役をしているという作りそのものが、時子さんの「時間(トキ)」が止まってしまったという象徴だし、登喜以外のみんなは誰だっていい、そんな「時子さんの登喜(トキ)」の話、素敵でした。
最後、動き出す噴水と時計、色づき始めた世界、といった演出がすごく好きです。時子さんに泣いて抱きつかれながら「恥ずかしいよ」と困った様子ながらも肩をポンポンとしてあげる登喜。どうかこの後の時子さんのトキが幸せな時間で満たされますようにと願わずにはいられないラストでした。
残りの観劇も楽しみだ!
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