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物持ちがよすぎる

今使っている定期入れ(パスケース)は、25年くらい前に買ったものだ。別の言い方をすれば、四半世紀前ということになる。「四半世紀」という言葉のもつインパクトにびっくりする。
「銀座かねまつ」の本店で、この定期入れと、口紅くらいしか入らない小さなポーチと、あともう一個なにか小物がセットになって1万円だった。
角っこが多少ハゲてはいるものの、壊れもせず問題なく使っている。
もう何年も新しい定期入れを探しているのだけど、これと同じ形状の、わたしにとって使いやすいものが見つからないので、しつこく使い続けている。

わたしは昔から物持ちがいい。
学生カバンも3年目になれば金具が壊れたり、革がはげたりしているものが多いけど、わたしは最後までわりにきれいに使った。
べつにお手入れをかかさないわけではない。不精なわたしがカバンのメンテナンスなんかするわけがない。
だけど、なんだか知らないけど、物持ちがいいのだ。

去年、10年間使ったバッグを処分した。
いい感じに革が馴染んでいたし、なによりも使いやすかったのだけど、さすがに擦り切れてきて貧乏くさいかと思い、さようならした。

今のマンションを買って、まる7年がたった。
作り付けの収納がたくさんあるので、引っ越しの際に買ったものは、洗濯機と冷蔵庫とダイニングテーブル&チェアくらいのものだ。エアコンは最初から設置されていた。

洗濯機には「設計上の標準使用期間 7年」と書かれたシールが貼ってある。
使えるからといって長年使いすぎて火をふかれても困るからと、防衛策のためにメーカーが貼っているものだ。
これに従うなら、そろそろ買い換えないといけないが、メーカーには申し訳ないのだけど、わたしも壊れるまで使う派だ。
冷蔵庫も猛暑に負けず、頑張ってくれている。

我が家にあるすべてのものが一応ご健在であるが、ダイニングチェアは猫がガリガリやってくれるので、ぼろぼろである。
なぜこんないかにも「さあ、引っ掻いてください」と言わんばかりのクロスを選んでしまったのか、7年前の自分を罵倒したい。
しかし、今張り替えたところで、どうせまたぼろぼろになるのだし、来客もないのでそのままにしてある。

自分は毎日ここにいるからわからないけれど、他人がわたしの住まいを見たら、これらの古い電化製品や家具などから発せられるどうにも薄汚れた印象はぬぐえないんだろうと思う。

どんなに日々掃除をしていても、汚れがとれないところは出てきてしまう。そういうものが積み重なって、家はだんだんと古くなっていく。
大規模改修をしても、外壁をきれいに塗り替えても、古いマンションはひと目で古いとわかる。
清掃が行き届いていても、部屋を改装していないままの古いホテルや旅館はなんとなく清潔感に欠ける(ところが多い)。

人間だって、お風呂に入ってきれいにしていても、薄汚くなってくる。清潔であることと、清潔感はちがう。
着古したTシャツが、馴染んでいると見えるのか、貧乏くさいと見えるのか。
ラフな格好が、おしゃれと見えるのか、パジャマに見えるのか。
いくら足が細くても、ミニスカートが似合う年齢なのか、もはやそうでもなくなったのか。
ある程度の年数を生きた人間が、よれよれTシャツやミニスカートを清潔感あるように見せるには、それなりの気概が必要だと思う。
ときどきそういうひとがいて、かっこいいなあと思ってじろじろ見てしまう。ぶしつけでごめんなさい。

人間の場合「火をふく前にお買い替え」はできないから、「それなりの気概」っていうものが年を経るにつれて必要になってくるんだろう。
じゃあ「それなりの気概」ってなんなのか?
それはなにを大事にして生きているのかによって決まるもので、年とともに醸成されてくるもので、それがそのひと特有の資質となるものなんだろうなと、わたしは勝手に思っている。

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