との
ただのネガティブなにっき
病気の記録。
東京にある昭和を見つけました。
退院した。 訪問看護と訪問診療のひとたちが来て、座って話してるだけなのに少し疲れた。 徐々に日常生活に慣れていこうね。
明日退院である。 去年入院したときは何度も退院が延び延びになり、退院するする詐欺になってしまったので、ぎりぎりまで言わないようにしていたんだが、今回は大丈夫だろう。 貧血は相変わらずだけど、先週に比べたらめまいなどもないので、輸血は回避できた。 重症患者用の隔離部屋(差額ベッド代なしの個室)にずっといたんだが、元気になってきて、いつまでもここにいるのも申し訳ないと思ってたところ、入居者がいるから移動してほしいとのことで、最後の2日間は大部屋ですごすことになった。大部屋はいろ
あんまり記憶がないんだけど、チェックしてみたら、10月19日から1週間近くnoteを書いていなかった。Twitterもほぼ同じ感じだった。 病院からもらった書類を整理していたら、姉が代理人として署名したものが何枚かあった。なんか震える手でサインした覚えはあるけど、代理で書いてもらったのもあったのか。確かに字を書くのも大変だったけど、地味にショックだったわ、字も書けなくなるなんて。 ともあれ、具合が悪くなると、記憶ってなくなるらしいということがわかった。 毎日つけている、主
わたしはなんもしてないけど、退院後の諸々が整えられていき、退院日も確定した。 退院当日の午後には、さっそく訪問診療医が来てくれる。 ホスピスの病院の先生なので、ホスピス登録も病院まで行かなくても、その先生により実施いただけるとのこと。助かる。 介護ベッドも退院前日に入る。今使っているベッドとの入れ替え(処分)なので、時間がかかるかと思っていたけど、わたしが帰宅したら介護ベッドになっているようにと、ケアマネさんがスピーディーに対応してくれた。 今月から通所リハビリを始める
今日は久しぶりにシャワーを浴びた。毎日清拭はしてもらってたけど、水(お湯)で洗うのはやっぱり気持ちいい。手だって、アルコール消毒ばかりより洗ったほうが気持ちいいもんね。 もともと病院内は乾燥しているけど、季節的にも乾燥し始めてるし、体調が悪いとより乾燥する気がする。 スプレータイプの化粧水とワセリンで全身まかなえるかと思ったけど、やっぱりローションの類を使ったほうが確実だ、ということが今回わかった。入院セットに入れておきましょう。 あったかいお蕎麦食べたい。
19年前の今日、わたしはベトナムにいた。 当時住んでいたシンガポールから行ったので近かった。 チャンギ空港から、ベトナム航空でハノイorホーチミンに入った。 客室乗務員の数がやたら多く、またみんなとても若くてきゃぴきゃぴ(古)と明るかった。 毛布を頼んだら、待てど暮らせど来なかったけど、忘れかけた頃、真剣に謝りながら持ってきてくれて、その様子がとてもかわいかった。 ハノイorホーチミンで小さな飛行機(一応ベトナム航空)に乗り換えて、ベトナムの別の街に行った。すでに夜だった
まだ少し先だと思うけど、ホスピスに入るのも、けっこう楽しみになってきた。 個室だし、共用キッチンがついていて、ちょっとしたあっためとかはできそうだし、たまにはペットにも会えるし、普通の病棟よりはいろいろと自由がきくっぽい。 お庭は地面と屋上とにあるから、気分転換もできそう。 って、夢は膨らむけど、いざ入院したらそんな状況じゃない気もする。入るタイミングが「在宅医療が難しくなったとき」だから、ホスピス入った時点で、もうあんまり動けないかもしれないしね。 10日程前に救急で入院
SNSで、車窓を撮った動画を普通に見てただけなのに、なんだか泣けてきてしまった。 都会育ちなので郷愁というのがあるわけでもないんだが、いろんなことが複合的に感情を揺さぶったんだと思う。 風景、電車が線路を走る音、警笛、顔の見えない運転士。 それぞれにわたしが勝手に物語をつくり、勝手に涙している。 ほんとうは、ものごとは、そこにただあるだけなのに。 *** ヘッダーと本文の画像は青森。2023年3月に行った。 病気が何なのかわからず検査ばっかりしてたときで、別に結果を待って
今日になってやっと症状が比較的楽になってきて、本も読めるようになってきた。 一昨日あたりから発生していた脚の痛みは、ピーク時の半分程度に軽くなって、トイレにも一人で行けるようになった。 おととい始めた新しい痛み止めはまあまあ効いたんだが、吐き気がひどくて中止にしてもらった。 抗がん剤なんか目じゃないくらいつらかったので、点滴を即刻止めてほしかったのに、緩和の担当医が院内にいないからできないといわれた。 こんなに苦しんでるのに、薬はぽたりぽたりと体内に入っていくって、いったい
ひとにはナチュラルに知ることができることとそうでないことがある。言い方を変えれば、自分にはナチュラルに理解できることが、べつのあるひとにはそうではない、ということは普通にある。 そんなのただの得手不得手みたいなもんで、いいとか悪いとかの問題では本来ないと思うのだけど、自分(だけ)が知らないと、コンプレックスを感じるひともいるだろう。わたしもそうだし。 あるひとがナチュラルに知らないことにを、教え(てあげ)ようとすると、知らないことについて正当化できるような理由をつけて逆ギレ
左脚の痛みがきつい。検査の結果からも原因はよくわからない、というか先生が言うには「もともとのご病気」のせいかもしれないとのこと。 立ち上がると激痛が走るので、申し訳ないがストマの処理は看護師さんにやってもらい、歯はベッドで磨いている。 医療用麻薬をいくつか試しているが、ある薬は、痛みには多少効くものの、吐き気がひどくて食事もろくに取れないので、中止してもらった。 そんななか、主治医の先生たちと、これまでの経緯、およびこれからのことを確認した。内容は昨日書いたとおり。 また、
今年も金木犀の香りを嗅ぎ逃した。さわやかサワデー♪でも嗅ぐか。 さて、退院するとき、自分のコンディションがどのようになっているのかわからないけど、いちばん気になるのが食事だ。 ナッ○ュや三ツ○ファームといった冷凍惣菜を頼むのもありだけど、どう見てもおいしそうじゃないんだよね(すみません)。それに、冷凍庫がぱんぱんになっちゃうし。 あとは、主に高齢者向けのお弁当宅配サービスを近所の病院でもやっているから、試してみるのもいいかもしれない。安否確認の代わりにもなるし。 去年も退院
ねえ、みんなすごく優しいね。ありがとう。
痛みがかなりひどくなってきた。ベッドから降りただけで左脚の激痛が15分くらい続く。 数カ月前からあちこちに弱い痛みはあったけど、本格的な癌性疼痛ってこんなに痛いのか。 入院したばかりの頃は、痛みはここまでじゃなく、ほかの症状がつらすぎた。そのとき、しんどいから死にたいなどと言うひとの気持ちがちょっとわかった。 今日も今後のことを看護師さんたちと相談し、訪問診療やホスピスへ必要な書類の手配を進めてもらっている。 ホスピスの病院が訪問診療も行っていて、何かあったときもワンストッ
死ぬのって怖くはないけど寂しいな。
医療スタッフや面会客からは、顔色がよくなってきたなどと言われるようになってきた。そりゃ、救急で運ばれてきたときは瀕死だったから、もちろんそうなのだけど、わたしの体感としては、昨日の夜くらいから体調はやや下降気味である。 とは言え、頭ははっきりしてきたことだし、そろそろ今の大学病院を退院した後のことを考えないといけない。 まずは、どこのホスピスにするか決める、今の病院で紹介状を書いてもらう、ホスピス病院の診察を受ける。 ホスピス入院までの間(すぐに入院できるわけではないので)