私は「言語学な人」なのだろうか:韓国語音声学から出発した一研究者のアイデンティティ
この記事は、アドベントカレンダー「言語学な人々」の3日目の記事として執筆している。
アドベントカレンダーといえば、我が家はこの冬にチョコレートの入ったアドベントカレンダーを買ってきた。紙箱には24の窓があり、毎日1か所を開けると、そこにはチョコレートが入っている。うちの子どもたちはこういうのが大好きだ。
「言語学な人々」もこれと同じだ。毎日一人ずつ「言語学な人」が登場する。
1日目は松浦さんだ。言語学関連の数々の学会の委員をこなし、その上このアドベントカレンダーを毎年企画している。私と同年代の松浦さんは、日本の「言語学な人々」の中心にいる。
2日目は田川さん。大学院で私の隣の研究室の後輩だった田川さんは、同じ大学院出身の「言語学な人々」の中でも、特に信頼できる人のうちの一人で、形態論の研究者だ。(私は実は、韓国語諸方言の韻律句形成に関心を持ち始めた頃から、形態論をきちんと勉強しないといけないとずっと思っていて、でもなかなか出来ないでいるのです。今回の記事を読んで、紹介されていた『分散形態論の新展開』を早速注文しました。)
そして3日目の「言語学な人」が、この私というわけだ。
しかし、ここで私は自問する。
私は「言語学な人」なのだろうか?チョコレート入りのアドベントカレンダーに例えるならば、私はもしかしたら、チョコレート達の中に紛れ込んだ甘納豆のようなものだったりしないだろうか?
そもそも、「言語学」とは何なのだろうか?ーーこれが今回の記事のトピックだ。
言語学を志した頃
今から遡ること二十数年前。阪神淡路大震災や地下鉄サリン事件が起きた年の4月に、私は故郷を離れ、とある学園都市の「新構想大学」に入学した。
入学式から間もなくして、学生食堂を借り切ったスペースで新入生歓迎会があった。各クラス担任の先生たちの姿もあった。私は1年5クラス、通称「5クラ」。1文字しか省略していないじゃないかとつっこみたくなるが、これは実は言語学的に説明可能な現象だ。とはいえ、当時はそんなことは知らなかった。
5クラの担任は英語学の先生だった。先生と数名の新しくできた友人たちとで、こんな会話をした。
つづいて私も口を開いた。
言語学的に言えば「ウナギ文」だが、それももちろん当時は知らなかった。
ともかく、私は高校生の頃から漠然と言語学に関心を持ち、大学に入ったら言語学のコースに進みたいと考えていた。ちなみに、この大学では「言語学コース」ではなく「一般言語学コース」という名称だった。
当時はよくわからなかったが、今思えば確かにこの大学の英語学コースは、言語学、とりわけ理論言語学のスタッフが充実していた。例えば、認知意味論のN先生と生成音韻論のH先生が英語学コースの重鎮だったが、お二人はともにMITの言語学科で博士号をとられた方たちだった。(この業界の外の人たちはよく知らないかもしれないが、日本の英語学科はこのようなパターンが結構ある。つまり、日本で英語学を学んだあとアメリカの大学院で理論言語学を学び、帰国して英語学科で職を得るというパターンだ。)
ともかく当時の私は、英語にも英語学にも興味がなかった(正直に言えば英語は苦手だった)。韓国語は大学入学前から少し齧ってはいたが、私が専ら関心を持っていたのは、個々の言語を超えた「言語」というもの、そして「言語学」という学問だった。
音声学と音韻論のはざま
入学時に計画した通りに、私は一般言語学コースに進学した。この選択は私自身にとって正しい選択だったと、今でも思う。このコースに音声学の先生がいたからだ。言語学という学問全体は私が高校3年生から大学入学頃にかけて想像していたものとだいぶ違ったのだが、音声学(とりわけ音響音声学)は確かに私に向いていたのだ。もちろんこれは、今振り返ってみて思うことなのだが。
その後私は大学院に進学した。大学院入学時に選んだテーマは、韓国語ソウル方言の韻律であった。
もともとはアクセント研究の文脈の中で研究を考えていた。だが、ソウル方言の韻律は弁別的な特徴を持たず(つまり、日本語の「雨」「飴」のような区別があるわけではない)、また語レベルでも文節レベルでもパターンが決まらない。これは定義上「アクセント」とは呼べないので、私の研究はイントネーション研究の中に位置づけられるものとして進んでいった。
イントネーション研究は、音声学と音韻論が交錯する領域である。聴覚印象による記述が難しくなることがある一方で、音響分析によって扱いやすいので、音響音声学的なアプローチがよくとられる。その一方で、1980年代あたりから、イントネーションを音韻論的に扱う研究が海外では進展していた。私は音声学と音韻論のインターフェイスに関心を持つようになっていった。
大学院では紆余曲折があったが、私はなんとか博士論文を書き上げ、「博士(言語学)」という学位を取得した。一人前の「言語学な人」になったわけだ。
多様な音声学へ
大学院在学中、音声学を専門とする指導教員のもとにいた私は、片足を音韻論に突っ込んだような研究を恐る恐るやっていた。大学院を修了して自由に研究をするようになると、もうちょっと堂々と、研究の中に音韻論を取り入れていった。「実験音韻論」(laboratory phonology)といってもよいかもしれないし、「イントネーション音韻論」(intonational phonology)といってもよいかもしれない。ポスドク時代の初期(日本学術振興会海外特別研究員、通称「海外学振」)には、まさに Intonational Phonology という本を出している先生のところにお世話になった。このころは私が最も「言語学な人」だった時期だ。
研究が別の方向へと広がりを見せるようになったのは、日本に帰国し、心理学の先生のもとでポスドクをするようになってからだ。そこでの私が主にやるようになった研究課題は、無アクセント地域の人々のアクセント知覚だった。これは、第二言語の音声知覚研究を第二方言に適用したような(つまり、第二言語習得ならぬ第二方言習得)研究だということができるだろう。
大学の専任教員となってからは、大学院生の研究指導をするようになった。私のところにくる大学院生の8割は音声にかかわる研究をするが、音声といっても研究トピックは多様である。そのおかげで、私はさらに多様な音声の側面に視野が向くようになった。例えば、ある大学院生の研究トピックは感情音声の声質だった。感情音声は音声と心理学が交わる領域であり、声質は言語学的な研究者よりも工学的な研究者によってよく分析されている特徴である。
また、幸運なことに様々なところから共同研究に誘われる機会を得てきた。例えば、今かかわっているプロジェクトのうちの一つは、日本のアニメの音声に関するものである(私自身はアニメのことは全然知らないのだけど)。アニメの音声は、音声が社会やメディアと交わる領域だ。
音声は様々な領域とかかわっている。それを日々実感している。
さて、そんな今の私は「言語学な人」だろうか?
音声学は言語学の一部か?
私が「言語学な人」かという問いは、音声学が言語学の下位領域かという問いと関わっている。そもそも音声学と言語学はどのような関係にあるのだろうか。
スウェーデン・ルンド大学音声学科の初代教授をつとめたマルンベリ(Bertil Malmberg, 1913-1994)は、音声学の入門書の中で音声学と言語学の関係について次のように述べている。
つまり、音声学は言語学の一部だという立場である。
一方、スコットランド・エディンバラ大学音声学科の教授をつとめたレイバー(John Laver, 1938-2020)は次のように述べている。
つまり、音声学は言語学の一部ではなく、隣接分野だという立場である。
アメリカ・UCLAの音声学研究所を長く率いてきたラディフォギッド(Peter Ladefoged, 1925-2006)は、「言語学的音声学」(Linguistic Phonetics)という用語を用いる。彼の著書の中では、例えば次のように述べられている。
言語学的音声学という名前が用いられるということは、裏を返せば、言語学的ではない音声学もあるということだろう。例えば、感情音声やアニメ声の声質の特徴は、上で言うところの「いずれかの言語で単語の意味を変え得る」といった類の特徴ではないので、言語学的ではない音声学だということになる。
「音声科学」(Phonetic Sciences)という用語が用いられることもある。複数形の "sciences" である。この用語は例えば、国際会議 International Congress of Phonetic Sciences(国際音声科学会議、略称 ICPhS)の名称に出てくる。ちなみにこの国際会議は1932年に始まった音声学の分野で最も伝統のあるもので、4年に1回(昔は3年に1回)開催される大規模なものだ。国際音声学協会(International Phonetic Association)の後援を受けている。
また、The Handbook of Phonetic Sciencesという本も出版されている。2010年に出版された第2版は5部構成となっており、そのうちの第4部がLinguistic Phoneticsである。
まとめると、このように言うことができるだろう。音声を扱う広い研究領域は音声学ないし音声科学と呼ばれる。そして、音声(科)学と言語学には重なる部分があり、その部分を言語学的音声学と呼ぶことがある、ということだ。
私自身に関していうと、言語学的音声学から出発し、それを超えた音声(科)学の様々なトピックに関心を広げてきたということになる。
もう一つの境界問題:言語学と個別言語(教育)研究
自分がはたして「言語学な人」と言えるのか疑問を持ちつつも、私は実はいま、文学部の言語学分野というところに所属している。
勤務校の文学部では、2年時に専門分野に分かれる。これを「分属」と呼んでいる。分属に迷った学生から、よくこういう質問を受ける。
あるいは、比べる対象は日本語学ではなく英語学の場合もある。
この質問に対しては、純粋に学問的な定義として答えることもできれば、大学のコースの特徴として答えることもできる。後者はひとまず脇におき、前者の観点から言うならば、「日本語学」とは日本語を対象とした言語学であり、「英語学」とは英語を対象とした言語学である。つまり、日本語学や英語学は言語学の一部だということだ。同様に、「韓国語学」や「朝鮮語学」も言語学の一部だ。少なくとも私は、そのように認識している。
ただ、私がこのように認識するのは、私が学部・大学院を(一般)言語学コースで学んできたからかもしれない。別のバックグラウンドを持つ人も同じように認識しているものなのか、よくわからない。
ところで、私は韓国語のイントネーションについて研究してきたのだが、それは主に理論的な観点からだった。イントネーションにどのような離散的なカテゴリーがあるかとか、背後にどのような音韻構造があるのかに関心を持ってきた。一方で、これまで本格的に研究してはいないものの、日本語母語話者に対する韓国語イントネーションの教育にも関心がある。
また、最近私がやっているメインの研究プロジェクトでは、音声から離れ、ハングルの教育に注目している。ハングルは学びやすいとよく言われるが、母音字母・子音字母といった基本的な段階でもつまずく学習者がときどきいる。さらに学習が進むと、形態音韻規則が関わるような「文字と発音の規則」が学習者を悩ませる。
さて、こういった音声教育や書記体系の習得の研究は言語学だろうか?この問いをもっと一般化させて言うと、言語教育や第二言語習得や応用言語学は言語学の一部だろうか?
研究者のアイデンティティ
私は専門外の人から専門は何かと聞かれたら、まず「言語学です」と答える。最初から「音声学です」と答えたりしないのは、音声学といってもわからないだろうと思うからだ。でも、「言語学です」で話を終わらせるのは自分としてもすっきりしないので、「詳しくいうと音声学という分野で、発音について研究しています」と続けることが多い。
例えるならば、茨城県古河市出身の人が県外の人から「出身はどこですか?」と聞かれて、「茨城県です」で終わらせず、「でも西の端の古河というところで、ほとんど栃木なんですよ」と言ったり、なんなら「東北新幹線も通ってるんですよ」とか付け加えてしまうのと似ているかもしれない。通っているだけで、駅がないにもかかわらず。(ここで古河市の例を出したのは、私の父方の祖父母が古河の郊外の出身だからです。わかりにくい例えだとしたらすみません。)
ちなみに、言語学やその周辺の分野の人に専門を聞かれたら、私は「音声学です」と答えるか、「音声学と音韻論です」と答える。最も実験音韻論的なことを研究していた時期でも「音韻論です」とだけ答えることはなかった。これは私の指導教員が音声学者だったからだと思う。師に背き続けてきたようで、師の影響は間違いなく受けている。音声学者としてのアイデンティティは、私の中の深いところに刻まれているらしい。
おわりに
どうでもよいことを長々と書いてきた気がしないでもない。私が「言語学な人」かとか、どこまでが言語学でどこから先が言語学でないかというのは、実はどうでもよいことだ。やる意義があると信じる研究を、淡々と進めていけばよいだけだ。
一方で、そう言えるのは私が大学教員として定年までいられるポジションについているからだと思ったりもする。大学院進学であったり、大学教員の公募戦線であったり、研究費の応募であったり、自分の研究を何らかのカテゴリーに当てはめることを求められる場面は、実はけっこうあるものだ。そこで、複数のカテゴリーのはざまに位置するような研究をやっている人々が不利な扱いを受けることがないようにと願っている。
さて、以上でこの記事は終わりです。ここまで読んでいただき、ありがとうございました。アドベントカレンダーは明日以降も続きます。うちの子どもたちは、毎日毎日アドベントカレンダーの窓を開けてチョコレートを食べるのを楽しみにしています。もちろん甘納豆は出てきません。そして全て食べ終えると、楽しい楽しいクリスマスが待っています。一方、うち(名古屋大学文学部・人文学研究科)の学生たちにとっては、アドベントカレンダーの記事を全て読み終えると、楽しい楽しい卒業論文の締め切り(25日昼)と修士論文の締め切り(26日昼)が待っています。メリークリスマス!