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歴史の話

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#交渉

小早川隆景に学ぶ交渉術 その3「豊臣秀吉の申し出を後腐れなく断れ」

「謀略の神」と呼ばれた毛利元就の息子で、元就が安芸(現在の広島県)の一地方領主から中国地方の覇者へと昇り詰めるのを助け、元就の死後はその後継者である輝元を支えた小早川隆景(こばやかわ たかかげ)。 豊臣秀吉や黒田如水(官兵衛)からも一目置かれた智将であり、活躍したエピソードには事欠かない人物ですが、その生涯を追いかけながら「交渉」という切り口で隆景の魅力に迫ってみたいと思います。 その1、その2はこちらからどうぞ。 豊臣秀吉の憂鬱本能寺の変によって生じた大混乱をなんやか

小早川隆景に学ぶ交渉術 その2「羽柴秀吉と講和せよ」

「謀略の神」と呼ばれた毛利元就の息子で、元就が安芸(現在の広島県)の一地方領主から中国地方の覇者へと昇り詰めるのを助け、元就の死後はその後継者である輝元を支えた小早川隆景(こばやかわ たかかげ)。 豊臣秀吉や黒田如水(官兵衛)からも一目置かれた智将であり、活躍したエピソードには事欠かない人物ですが、その生涯を追いかけながら「交渉」という切り口で隆景の魅力に迫ってみたいと思います。 前の話はこちらから。 甥・輝元を支える大内、尼子といった大勢力を次々と打ち破り中国地方の覇

小早川隆景に学ぶ交渉術 その1「村上水軍を味方に引き入れよ」

「謀略の神」と呼ばれた毛利元就の息子で、元就が安芸(現在の広島県)の一地方領主から中国地方の覇者へと昇り詰めるのを助け、元就の死後はその後継者である輝元を支えた小早川隆景(こばやかわ たかかげ)。 豊臣秀吉や黒田如水(官兵衛)からも一目置かれた智将であり、活躍したエピソードには事欠かない人物です。本記事ではその生涯を追いかけながら、「交渉」という切り口で隆景の魅力に迫ってみたいと思います。 誕生、そして小早川家へ小早川隆景は1533年生まれ。 1534年生まれの織田信長と