シネマの時間 -危険な関係-
L'hommage ジャンヌ・モロー
こんなにフランス女性を体現した女優がいただろうか。彼女は 2017年7月31日にパリの自宅で亡くなった。享年89歳。その日の朝、アパルトマンにやって来た家政婦が倒れている彼女を発見したらしい。死因は老衰。看取る者もいない、いわゆる孤独死。ジャンヌ・モローらしい最期だ。
ジャンヌ・モローの訃報を聞いたとき、フランス映画の一つの時代に、幕が降ろされたと感じた。その存在は大きく、私の大好きな女優の一人だった。
ヌーヴェル・ヴァーグを代表する監督の多くも彼女に心を奪われ、そして名画が誕生した。彼女の出演した「死刑台のエレベータ―」(1958年ルイ・マル監督)や「突然炎のごとく」(1962年フランソワ・トリュフォー監督)等、紹介したい映画は沢山ある。
晩年のインタビューで彼女はこう語っている。「私のキャリアの集大成は、私の自画像ではない」「演じることは私にとって、信仰にも近い、完全に無視無欲なもの。何かを伝えたいということへの純粋な欲求なのです」と、芸術のために生きた彼女の言葉は心に刺さる。
プロローグ
映画の好みや楽しみ方は、かつては時代背景や社会要因に影響された時代や国もあったが、今はおおかた、個人の自由が尊重される。しかし、それは家で観るという事に限定される。映画館で映画を愉しむという事は、経済的に成り立つ必要があり、需要の高い作品が、その役割を担う事が重要になってくる。私が紹介する映画の数々は、その需要を果たす作品群とは違うが、時代を越えて、語り継がれる素晴らしい作品群だ。若い映画ファンやクリエイティブな仕事を目指す若者達が、私の note を読む事があったなら、観たことのない映画ばかりかも知れない。
私の多感な時代は、まだインターネットも無く、携帯電話さえ一般的ではなかった。現代を生きる若者達にとっては、想像する事すら困難な状況だろう。情報が満ち溢れた社会とは違い、私は餓えていた。そして、卑しく、欲する情報を漁っていた。
中学生の頃、マガジンハウスからPOPEYEが創刊され、一気にアメリカのカルチャーが脳内に傾れ込んできた。私はその中の、微かなフランスやイギリスのリアルな現在のカルチャーの生々しさに、心踊らせ浸透したものだ。
私にとって映画は、そのものを純粋に楽しむ事と同時に、餓えた私の身心を充すご馳走でもあった。時間の流れを超えて未来や過去へ旅するための装置は、時空を越えて何処へでも行く事が出来たのだ。そして、その世界観に躰丸ごとどっぷりと浸かり、全てを吸収しようと、細かなディティールにも集中して魅入っていた事を想い出す。
ジャンヌ・モローとCHANEL
〝煙草〟や〝アンニュイ〟〝悪女〟が似合う女優ジャンヌ・モロー。スペインの巨匠、ルイス・ブニュエルがそうだった様に、対照的な女優にカトリーヌ・ドヌーヴが脳裏に浮かぶ。ブニュエルは、ドヌーヴには医師の妻と娼婦の二重生活を送る女「昼顔」1967年を、ジャンヌには小間使い「小間使いの日記」1964年をキャスティングするというような具合なのだ。美人という訳ではなく、可愛らしいとは違う。強く、辛口で賢い女性は、新しい美しさを象徴する女性像を生みだした。その姿は、50年代60年代のパリに無くてはならない偶像となったのだ。対照的な、カトリーヌ・ドヌーヴもまたフランスの正当な美しさを牽引する女性となった事は云うまでもない。
「恋人たち」(1958年 ルイ・マル監督)に出演したが、この映画のクレジットに衣装はCHANELとある。また晩年の「クロワッサンで朝食を」(2012年)では、彼女は全編CHANELの私服を着用していた。かたやカトリーヌ・ドヌーヴは、サンローランにとってのミューズとして、常にYves Saint Laurentを身に纏っている。
ジャンヌ・モローは、ココ・シャネルとも親交があったという。ココ・シャネルもまた、コルセットから女性を解放し、新たな女性の美しさ、人生の愉しみ方を服に込めたフランスを代表する芸術家だ。何処か共通する生き方の方針を感じる。
モノクロームが似合う女優
90年代初頭だったと想う、ポンピドゥ・センターで大々的にジャンヌ・モローのオマージュが特集された。憧れの女性の特集とあって、楽しみでならなかった。何しろ全ての作品が上映されるのだ。
ロジェ・ヴァディム監督の「危険な関係」は、数ある彼女が出演する映画の中でも格別に好きな作品だ。パリの上流社会を背景に、お互いの恋愛を報告し合うことを秘かな楽しみとする夫婦の退廃的な官能美をスタイリッシュなモノクローム映像で描かれている。クレイジーなストーリーに劇中で演奏される音楽や、かけるレコードも洒落た仕上がりに心が踊る。
セロニアス・モンクの演奏する「Crepuscule with Nellie」「Ba-Lue Bolivar Ba-Lues-Are」「Pannonica」が印象的に登場し、当時、爆発的な人気を誇ったアート・ブレイキー、ジャズ・メッセンジャーズらによるモダンジャズナンバーが黒白の世界観にスリリングなシャープさを加えている。
とにかく、カッコ良い官能的なフランスの大人の世界を印象付ける作品だ。