おかえり、シネマ〜仏語記事紹介②〜
今回もコロナウイルスに関連する記事をご紹介します。またかよ、という感じかもしれませんが、なし崩し的に元の生活が戻りつつある日本とは違い、感染拡大で至るところ打撃を被ったフランス社会はまだまだ回復の途上。コロナの爪痕が払拭されるのはしばらく先でしょう。
6月14日、大統領により制限解除(déconfinement)のフェーズ3移行が発表され、今週月曜からは小中学校、交通機関、娯楽施設が原状復帰に一歩近づいています。
その中でも、今回は映画館をテーマに選びました。3月から一つ残らず閉鎖されていたシネマ。100日近い休業期間を経て、6月22日からの開業が許可されました。とはいえ完全に元どおりになるのではなく、厳しい衛生上の規則が課されています。いくつかの記事を訳しながら、フランス映画館のいまをのぞいてみましょう。
フランスでは、映画は最も人気ある娯楽のひとつといえます。
2019年の総入場者数は記録的な多さ。上の記事によると、その数2億1300万人にのぼるそうです。『最強のふたり(Intouchables)』が公開された2011年にはわずかに及ばないものの、過去最高記録である1966年の2億3400万人にまで迫る勢いでした(*1)。
日本では、『天気の子』が話題となった2019年の入場者数が1億9500万人、これでも前年比15%増えています(*2)。フランスとは倍近い人口差があるので、国民一人当たりの入場回数/年を計算してみると、日本では1.53回、フランスでは3.18回。だいぶ差があることがわかると思います。
だからこそ、営業再開の喜びもひとしお。
上の記事では、パリ19区にあるUGC Ciné Citéという大手シネコンが取り上げられ、営業再開に向けてウイルス対策に追われる様子が報じられています。
政府に課された衛生上の規則のうち最も厳しいものは、入場者制限。14以上のスクリーン数を持つシネコンは、客数をキャパシティの50%に抑えなければなりません(現在はこの規制は緩和されています)。入場者は必ず左右の座席を一つ空けて座らなければならないということで、これは日本の映画館や飲食店も自主的に行っていることですね(*3)。さらに券売機に並ぶ人が距離を開けるように地面に表示を貼ったり、券売機自体を定期的に消毒したり、消毒液を随所に配置したり。
映画館ならではの対策としては、人の接触をなるべく減らすために予約席を優遇するような料金設定が挙げられています。それから上映中もドアは全開にする、出入りする客が混ざり合わないような動線を表示する、チケットもぎりをやめて確認は目だけにする、従業員はマスク着用する、などなど細かな対策の数々。
予防策含めいろいろな困難はありますが、映画館の支配人ナターシャは、営業再開が嬉しくて仕方ないようです。「お客さんが戻ってくるのが待ちきれません。映画館が再び、暮らしの場、共有の場、交流の場(lieu de vie, de partage, et de convivialité)になるのですから!」
スクリーンには観客向けにこんなメッセージが流されます。「自分を守るため、みんなを守るため、自分や自分のグループと他のお客さんの間は、ひと席空けます。」
客へのお願いではなく、一人称の宣言の形を取るところに、なんともフランスらしさを感じます。
再開の当日(今週の月曜)はどんな様子だったのでしょうか。同じパリ内の別のUGC Ciné Citéを取り上げたこの記事によれば、初日からたくさんのシネフィルたちが映画館に戻ってきたようです。「封切りの水曜日」(*4)でいえば平均的な客数に相当する人手だったといいます。
映画館の受付をするアレクシアによれば、「(ひと席空けて座るという決まりは)可能な限り守られてたと思う。お客さんが戻ってきて、笑顔があって、それが何より嬉しい!」
シネフィルたちの反応はいかに。冷静なテレザは、「私が今からジュリエット・ビノシュの『La Bonne épouse(よき妻)』を見るスクリーンは450席近くあるけれど、今日は100人に満たないでしょうね。マスクはしておくけれど、もし近くに誰も座らなかったら外すと思います。」
一方、外出制限が原因でトラウマを負ったというミシェルは、上映中もマスクを外さなかったそう。「外出制限明けのストレスに苦しんでいるんです。まだ人に会うのが怖いのですが、とにかく映画館に戻ってこられて本当に嬉しいです。」
この日一番の人気は『Filles de joie(喜びの娘たち)』。映画を前にして暗い気持ちでいるわけにもいきません。照明が消えるとみなマスクを外し、300席以上の大スクリーンにも関わらず中央の座席に人が集まってしまったのだそう。前出のミシェルは、「土曜夜の上映回にまた来ようかと思ってたけど、もっと早く戻ってきちゃうかも。」
来月にはクリストファー・ノーランの『テネット』など大作の封切りが続きます(日本では9月公開)。シネフィルのストレスは解消されていきそうですね。
(伊澤拓人)
*1:ちなみに1966年はクロード・ルルーシュの『男と女』がカンヌ映画祭でパルムドールをとった年。その2年後には、ゴダールやルルーシュをはじめ学生紛争に連帯する映画人が介入し、カンヌ映画祭が中止になる事件が起きました。
*2:日本映画制作者連盟サイトの「過去データ一覧」より。http://www.eiren.org/toukei/data.html
人口は日本1億2700万人、フランス7000万人として計算。
*3:数日前、私は友人と渋谷のカレー屋に行ったのですが、その店もこの方法を徹底していました。あまりに徹底しすぎて、向かい合わせの二人テーブルにさえ座らせてもらえず、結局カウンターにあいだ一席開けて座り、黙々とカレーを食しました。フランスはもう少し融通が効くようで、文化大臣によると友人、家族などは隣に座っても良いそう。
https://www.20minutes.fr/paris/2802695-20200621-deconfinement-apres-presque-100-jours-fermeture-cinemas-prets-rallumer-lumiere
*4:フランスではふつう水曜日に映画が封切られるので、水曜日の入場者数が指標になるのだと思われます。「水曜9時初回の客数が、その作品が当たるかどうかのバロメーターになる」とは、Netflixで見られるドラマ『エージェント物語』で得た知識です。
画像:Panneau sur les règles de sécurité à respecter à l'UGC Ciné Cité Les Halles le lundi 22 juin 2020. - L. BEAUDONNET / 20 MINUTES
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