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K大軽音部のカオス“ギミサムラヴィン”【第7話】それぞれの過去

ラクーンギターの朝はゆったりと始まる。
朝10時前にハイツを出れば余裕らしい。

ユウと一緒に歩いて出勤するのにどう並んだものか気を遣った。
あまり離れて余所余所しいのも悪いし、近すぎて馴れ馴れしいのもいかがなものか。

「友達以上恋人未満ってとこね」

「え?」

「わたしからどれくらい離れて歩こうかって悩んでたでしょ」

「なんでまた」

「ふらふらと挙動不審な歩き方してるじゃない」

彼女はボクの心を見透かしているようににんまりした。

「週刊誌で読んだのよ。恋人関係は45cmより近づくけど、75cm離れたら友だちなんだって」

「そ、そんなの知りませんでした」

「それでいいのよっ。ふふふ」

ギターショップの前でちょうど出勤してきた店長から声をかけられた。

「おはようっ。ちょっと見、同伴出勤やな。ガハハハ」

「もうっ店長!アキラくんは学生なんだから。それにわたしじゃなかったらセクハラですよ」

「許したって。ドラマでも“寛容になりましょう。大目に見ましょう”歌うてたやん」

「朝からいい加減にして下さい。不適切にもほどがあります」

「ごめーん」

店長はユウの指摘を受け流すかのようにそそくさと警報を解除してシャッターを上げだした。

「おはようさん」

ダンも出勤してきたので、4人揃って開店の準備を始める。

「アキラは収納室から掃除機を持ってきて。ホコリが舞わないように吸引力は“弱”で掃除してちょうだい」

「あはい。わかりました」

ショップじゃ新人バイト、帰れば居候とあって頭が上がらない。なによりベースを教わる立場にある。


個人授業

お客さんが少ない時間帯を見計らって、二階のスタジオで手ほどきを受けるという段取りだ。

「はいこれ」

ユウ先生がエレキベースを差し出した。ギターでも有名な一流メーカーのロゴが輝いている。それが目に入っただけでボクの心拍数は上がった。

「ベースやるんだから楽器がいるでしょ。フェンダーのプレシジョンベース。サンバーストの色合いがいい感じ」

「でも、これってお高いんじゃないですか。おいくらくらい・・・」

「じゃあ1000円。実は新品じゃないのよ。わたしのお下がり。なんならピックもおまけしとくわ」

いつかCMで聞いたようなセリフとともにそのベースはボクの手に渡った。

「まずはチューニングね。ギターのチューニングはダンから教わったでしょ。ベースも音叉を使うやり方を覚えといたほうがいいわ」

「えっと・・・ギターの6弦が4弦になると考えたらいいんですよね。4弦が『E』で3弦が『A』。音叉は『A』だから3弦の開放弦を弾いてっと・・・」

「間違いじゃないけど正解までもう少しかな。ベースは音程が低くて合わせにくいから開放弦ではなく12フレットを押さえるの。オクターブ上の『A』だと聞き取りやすいでしょ」

ボクが肩から下げた「1000円」のベースでフレットを押さえるのにもたついていると、彼女が手を添えて教えてくれる。

しなやかな長い指にときめいた。よく例える雪のように透き通る白さではなく血が通う美しさがある。ほっそりしているのに仕事や生活のために必要な最低限の量感を保っている。キレイに手入れした爪はマニキュアを塗らずとも自ら輝きを放っている。

「なにボッとしてんの。同じ要領で他の弦もチューニングして」

「あ、は、はい。す、すみません、ごめんなさい」

「なに~。なんで焦ってんのよ。もしかして変なこと考えてたな」

少し怒ったような表情がまた素敵なのだ。
それに胸元が開いた服を着ているから目のやり場に困っちゃう。

だめだ。こんなに雑念まみれではベースを上達するという真の目的から遠のくばかりではないか。


ユウ先生による個人授業はそんな風に店の仕事の合間を縫って毎日続いた。

ベースの構え方や指を滑らかに運ぶ弾き方を身につけるため、鏡に自分の姿を映しながら練習する。大きな鏡があるスタジオだからできることだ。

ギターを我流で弾いてきたボクにとって、ベースの授業は一から学び直すようなものだった。基本の大切さを教わって目からうろこが落ちる思いをしたことも一度や二度ではない。

「いいっ、とにかく弾いて楽器に馴れること。ベースが自分の体の一部だと感じるようになることね。そうすれば存在感が出てくる」

「存在感があるバンドって、メンバーそれぞれが全体を見て自分がどのように弾けばよいかをわかってる。バンドが自分の一部みたいに感じられなけりゃだめ」

「ベースとドラムは“リズム隊”って言われるほどバンドの要なの。特にベースはリズムに加えてコード進行とか全体を捉えながら包み込む役割を忘れないで。メグはあなたにその資質を感じたと思う。だからベースを担当させようと閃いたのよ」

ユウ先生はベースのことだけでなく、バンドにどのような気持ちで関わるべきかまで話してくれた。


まさかのカミングアウト

ユウのところに居候して四日目の夜。2人で夕食の準備をして晩酌を楽しむのも恒例となった。

「アキラが初めてうちに来た時さぁ。大学1年生だからてっきりまだガラスの十代だと思ってたの。よかったお酒が飲めて。だってわたしだけ飲むのも寂しいじゃん」

「覚えてる。ボクが二十歳だと明かしても、ユウは理由を根掘り葉掘り聞いてこなかったからホッとしたんだ」

「そこよっ!もうけっこう打ち解けたんだしさ、聞かせてくれてもいいんじゃない。もちろん辛いんだったら無理しないでね」

人生はなるようにしかならない。すべてはなるようになっている。そんな誰かの名言が脳裏を掠めた。

ボクもいつかは話したい。ユウに聞いて欲しい。そう思っていたのかもしれない。

「高校で留年したんだ。なんとか卒業して受験したら不合格。予備校に1年通ってようやく大学生になれた」

「そうなんだ・・・」

「高校に入学したら知ってるやつがほとんどいなくてさ。ずっとひとりぽっちだった。ときには話しかけてくるクラスメイトもいたけど、ボクが空返事しかしないからやがて離れていっちゃった。授業は真面目に聞いてればいいから楽だけど、苦しいのは休み時間さ。自分の机から動かずに本を読む振りをしていた。本当は周りの皆が楽しそうに笑ってるのが気になって、本の内容なんか入ってこないのに。一年間は堪えられたけど、春休みに心が折れた。一人きりの方が気楽に思えたんだ。二年生になって不登校が続き、出席日数が足らずに留年だよ」

「でも、また学校に行けるようになったから卒業できたんでしょ。頑張ったよね」

ユウが小さくうなずいた。

「両親がね、よく我慢してくれたと思う。無理することはないから、しばらくのんびりしたらって・・・」

父は証券会社に勤めていてあまり帰ってこない。教育にも口を出したことがない。かといって家にいるときは普段通りに話してくれた。父なりにボクにプレッシャーをかけないよう考えてくれたのだろう。

母はパートをしており、昼3時半頃に帰ってくる。ボクが部屋から出た時に顔を合せても学校のことは話題にしなかった。家に居づらいとは思わなかったから、気が向けば家族と食事をしたし会話もあった。部屋にいるときは好きな音楽を聴いたり、中学生のときに買ってもらったギターを弾いていた。

「両親と・・・ううう・・・あいつのおかげで立ち直れたのさ・・・ううう」

「あいつって?友だちが呼びに来たとか」

ユウはボクが涙ながらに話すので核心を知りたくなったのだろう。

「『ラフメイカー』なんだ。何度も何度もあの曲を聴いていた。ある日、涙が止まらなくなって・・・三日三晩ていうのはほんとなんだね。そしたらなんか頭がスッキリして目の前が明るくなった。お母さんに言ったんだ。学校行ってみるよって」

「すごいじゃん。それに不登校の時間があったからギターが弾けるようになったようなものでしょ。なるようになってるのよ」

ユウは泣いていたのか、目尻を拭いながら聞いてきた。

「で予備校にはなぜ?」

「ああ。高校に復帰して真面目に登校したんだけど、友だちとギターばかり弾いてたんだよね。受験勉強しなかったもんだからさ」

「ちょっと!感動の涙を半分返してちょうだい。『ラフメイカー』はどこ行ったのよ!」

「さあ、あれからあまり聴いてないかも」

「このバチ当たりがっ・・・ってごめんなさい。つい興奮しちゃって」

ユウらしくない言葉使いで声を荒げるもんだから、ボクもちょっと引いてしまった。

「ふふ・・・アキラが過去を話してくれたんだから、神様がわたしにも話せってことかな・・・」

彼女は寂しげな笑顔を作りメガネを外した。


-続く-


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