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楽器屋は楽器を売るんじゃない、と社長は言った。
一昨日、ピアノ工房に出入りしていた話を書いてから、そこに座ってニコニコしていた中年おやじの彼の姿が思い出されました。いつもサンスベリアの世話をしてた(たいして世話がいらないのがサンスベリアなはずなんだけど・・)社長さん、ヘブンリーヘブンという朝顔の種をまいて金網にきれいな青を咲かせていたその人。
離島の田舎から今の街に越してきた時に、たまたまピアノの運送を依頼した会社で、ついでに調律もお願いしました。そのころは調律は狂った音を揃えることくらいにしか考えていなかったと思います。
やってきた調律師さんは、調律を終えると、私がピアノの前に座ると一歩さがるようにしてたっておられました。
そして・・、調律、というものに対する自分の概念が全く違っていたことを、その時弾き慣れた自分のピアノがまるで違う楽器になったその魔法のような技で知らされたのでした。調律師さんのその姿勢にも感銘を受けました。それが、最初の出会い。それから、その方に調律をおねがいするようになりました。もちろん。
いつか調律師さんが、工房が近くにできた、ということを教えてくださり、それから足繁く遊びに行くようになったのでした。
そこで会った社長さんには、ピアノの先生はもっとピアノのことを知っていたほうがいい、と、いろんなことを教えていただきました。ピアノの構造の話はもちろん現物を前にして。それから、中古のピアノを搬入してみるとピアノのフェルトをかじってネズミが鍵盤の下に巣を作ってるってこともよくある、なんて話も交えながら。
調律、というのは単に音程を揃えるだけではない、調律・調整・整音。アフタータッチの微細な調整。調律もきれいに整えるだけではない、きれいに響くにはコツが有るということ。
中古のピアノでも木の良し悪しで年を経て良くなるものと質が落ちていくものがある、ということや。
古賀政男が日本に3拍子を帰化した話。彼の心のなかにはいつも古賀政男のワルツがなっていました。
ボランティアでギターを持ってどこかで緊張しながら弾いてでも、良い体験をした、ということや。
そして、いつもでてくる話が私は好きでした。
それは、彼が初めて楽器屋さんで働き始めた頃のそこの社長さんの言ったということばでした。当初はそこは和楽器のお店だったそうです。
「いいか、楽器やは楽器をうるんやない、音楽をうるんや。」
何度も何度も、繰り返しその話がでてきて、私もそのたびにうんうん、と、うなずきながら飽きずにきいたものでした。
その工房も、彼が亡くなって、なくなりました。
楽器を売るために音楽教育を媒体としてきた、日本の楽器販売の実情。
高度成長期には飛ぶように売れていたピアノも今はお店に在庫を置くこともなく、注文分だけを発注している、という現状。経済の低迷もあるけれども、それだけではなくそこには、なにか音楽のデリケートな根っこを育みそこねた日本の当然の経過があるような気がします。
そして彼のあの工房が続かなかったことが、私の中で言いようのない悔しさとなって残っていました。
でも、今は、いいや、自分なりに、彼からもらったものの続きを自分で作っていこう、と、あの工房の物語は、まだ続いているんだ、と考えています。
ヘブンリーヘブンで、彼もギター片手にたまには覗いてるんでしょうかね。
この物語の続きは、ここにって、かっこつけすぎか。
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