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エッセイ

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2020年6月の記事一覧

ミルクコーヒーはビーカーで

ミルクコーヒーはビーカーで

 高校3年、夏。日本に「帰国」し、東京の高校に通い始めて数か月。うわべではそこそこ環境に適応していたけれど、ほかの帰国子女のみんなほど語学力もなければ大人でもなかったわたしは、なんのために通学するのかわからなくなりつつあった。欧州生活で忘れていた、日本の熱風と湿気に毎日驚いていた。

 英語で赤点を取っては「さすがキコク」と先生に笑われた。部活に入らないことで、知らない生徒からは「ずるいのはダメだ

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それは《個性》とよく呼ばれる

それは《個性》とよく呼ばれる

 個性というのはその人が生きて構築してきた人格であり、性格であり、生き方の表れるところであると思う。子どもにおいても同様だ。だから「障害は個性」という言い方はおかしい。特に「健常者よりもできないこと」「健常者よりも優れていること」を表現する際にこのフレーズを使うのは、安易が過ぎる。

 あなたの長所はなんですか、と多くの人が人生の随所で問われてきたことと思う。個人に付和雷同と謙虚さを求める日本社会

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魚群を掻き分けて、車椅子を押して

魚群を掻き分けて、車椅子を押して

 昭和末期。「偉いね。お手伝いしてるの」。知らない人がよく声をかけてきた。決まって、わたしが姉の車椅子を押している時だった。小さい子どもが家族の介護をしているのは、傍目には健気に映るのだろう。また、ほかにもよくかけられる言葉があった。「感動した」と「ありがとう」だ。

 車椅子に乗っている姉は、見た目だけは元気そうだった。全身に問題を多く抱えていたけれど、外ではつとめて明るく振舞っていたから、街で

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