ショートショート:上海タクシー②
「ニイハオ!」
「ニイハオ! 长宁路と凯旋路の交差点まで」
僕は運転手に行き先を告げた。
「ハオダ(OK)!」
もう夜中の2時か。今日もちょっと飲み過ぎちまったな。
「お客さん、すまないが、僕はまだ上海に来たばかりなので、道がよくわかりません。なので教えていただいていいですか?」
新米ドライバーか。じゃあ「ハオダ(OK)!」なんて言うなよと思ったが、仕方がない。道は分かってるし問題ないだろう。愛想のよさそうなおっちゃんだし。
「ハオダ! ハオダ!」
「ありがとうございます!」
以前は上海のタクシー運転手は上海人しかなることは出来なかった。外地人が運転手になると、車ごといなくなってしまうことがあるからだと聞いたことがある。だがタクシー不足が深刻となり、外地人にも解放されたようだ。だから新人に当たっても仕方がない。タクシーに乗車出来ただけでも感謝しよう。そう思う方が幸せだ。
「あ、運転手さん、そこ右ね!」
危ない、危ない、最初から行き過ぎるところだった。
「ハオダ(OK)!」
笑顔で返事をしてくれる。
「そこも右ね」
「ハオダ(OK)!」
笑顔で返事をしてくれる。
それでもう一回右折なんだよなあ。
「そこ、そこ右折ね」
「ハオダ(OK)!」
笑顔で返事をしてくれる。
あ、あれ? 間違えちゃったなあ。右折して戻るか。
「ごめん、そこ右折!」
「ハオダ(OK)!」
笑顔で返事をしてくれる。
さっき通った道に戻って来ちゃったな。
「で、ここ右折ね。さっきとおんなじところだけど」
「ハオダ(OK)!」
笑顔で返事をしてくれる。
「ここもさっきと同じで右折ね」
「ハオダ(OK)!」
笑顔で返事をしてくれる。
さっきはここを間違えたんだよね。
「ここ右折ね」
「ハオダ(OK)!」
笑顔で返事をしてくれる。
なんか俺もわかんなくなってきちゃったぞ。
「ここ右折ね」
「ハオダ(OK)!」
笑顔で返事をしてくれる。
また戻っちゃったよ。
「そこ右折」
「ハオダ(OK)!」
笑顔で返事をしてくれる。
さっきからグルグル回っているようだ。なんか面白くなって来ちゃったよ。
「ここ右折ね」
「ハオダ(OK)!」
笑顔で返事をしてくれる。
俺、帰れるのかな?
「そこ右ねえ」
「ハオダ(OK)!」
笑顔で返事をしてくれる。
「明日もいい一日でありますように!」
「ハオダ!(OK)!」
笑顔で返事をしてくれる。
今宵の月は麗しい。