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— M・T君に ― 「てんぎゅうをとりにいこう」 きみがそう言った夏休みに ぼくらは残忍なハンターになる もくもくと青空に湧く入道雲 稚魚の群れが回遊する島の海を ぼくらは毎日飽きるほど泳いだ 陸に上がって濡れた体を拭いても 蝉の声の合唱に囲まれたら すぐに大粒の汗が吹き出てくる 湿気た藪に羽虫の群れが忙しく舞い 麦草の上を黄金虫が飛んで行って ぼくらの行く先は斑猫が道案内 草叢から蝮が這い出て来ると
陸橋 オレンジ色に染まったミカン畑が後方に去って行き、セイタカアワダチソウの群れが現れてはまた後方に去って行く。バラック造りの石材屋の前を走り過ぎて、車は陸橋の坂を登って行く。坂の上には青空とちぎれ雲。島の山がちょっとだけ頭を出している。後下方に走り去る落葉樹の枝と黄色い道路標識。車は陸橋の頂きに達した。一瞬の無重力。長い下り坂の先で道路は左にカーブしている。白いガードレールのすぐ向こうには海面が広がり、車はさながらジェットコースターのように海を目指して下って行く。ブレー
夏の夕刻を迎える岸壁で キノコ形の繋船柱に腰掛けて 海を眺めながらスイカを喰らう 独り者のひそかな愉しみだ 悪いか? イオンの食品売り場で買った 縦切り六分の一のスイカを 沈み行く夕日を眺めながら喰らう きのうもおとといも来たんだよ 悪いか? 内港を後にした高速艇が 目の前の水道をゆっくりと横切って行く 遙かな沖合の 遠い昔に捨てた島を 夕焼けの海に探しながらスイカを喰らう 悪いか? おやじとお袋はとっくに逝った 友達も兄弟もみんな遠くへ行ってしまった それぞれが
始まりの時は うっすらと青く 内界に結露した 母なる水球に 浮かぶ魚鱗のひとひら 朝霧は晴れ かもめは飛び立ち 揺れる波間に 凛として湧き上がる島 もう帰ることはできない 白い灯台の立つ岬に 還って行く潮流は 大きく弧を描いて ざんぶざんぶと洗う 沖積世の岩塊の てっぺんに刺さる 黒い銛のうた 午後の白砂青松に ふと起こる風に巻かれて 柑橘の香り立つ島 水球の極点に裂開する 空洞の寂寥から島は来る 榊の葉 甘夏蜜柑 山の幸 沖の岩礁に残された供物が 波に浸されて 夕凪
オレンジ色の満月から かすかな羽音を立てて 飛んで来る梟たち 街の灯かりが消えてゆく Round About Midnight まんまる地球に舞い降りた やがて夜明けを迎えたら 青い海と緑の島に誘われて 山茶花の小道の先の 蔦の葉っぱに覆われた 小さな館で羽根を休める 眼を凝らして見てごらん ここは不思議の館 梟たちが紡ぎ出す 夢のあぶくが漂っているよ 新月の夜が来れば 梟たちが樹々の葉陰から ぼくらを覗いては クスクス笑っているよ 耳を澄ませてごらん 星とい
― 詩人Y・Kに ― 海から吹いて来る 遠い夏の記憶のように ごく薄い水色から 真夜中の濃紺までの 星空よりも果てしない あなたのこころと ちょうど同じ 深さの海に 古の島は 霞を纏って浮かび あなたは 潮風が描く波紋のように かたちと色彩が舞う ことばの絨毯を織りあげる 潮の流れに乗って 月まで泳ぐ魚たち 海から生まれる いのちのきらめきに わたしは慄き 見惚れて 波がやわらかに 砂と戯れる浜辺で 銀河を漂う浮島のミラージ
海藻の匂いが漂い 干し蛸がぶら下がる漁村の道を おとめは エシエシ笑いながら歩く どどめ色に焼けたうなじを 苦い潮風が打つ 塩をまぶしたような髪をほつらせ おとめは よだれを拭きながら ぼろを引きずって歩く 遠い昔の寄宿舎で 島から来た同級生に聞いた話 夜のラジオからは ザ・ビートルズの曲が流れていた 教会で米粒を拾うエリナー・リグビー (寂しい人々は何処から来るのだろう) おとめの島に教会は無かったから お大師さんや虚空蔵さんのお接待で振る舞う お菓子を恵んでもらったの
ゴールデンウィークの青空を飛ぶ オレンジ色のハンググライダー 少しひんやりする風が気持ちいい 漁船の繋がれた岸壁から 波に揺れる海藻が透けて見える 瀬戸内海を望む港湾緑地は 大型連休の行楽客でいっぱいだ 流行り病の行動制限は無くなったし みなさんもういろんな所へ行ってみた? 私は観光に来たわけじゃないんです 住んでる所がこの近くだから おや あんな所にレジャーシートを広げて お弁当を食べてる家族連れがいる 衆人環視のど真ん中 車道のすぐ傍なのに 他にいい場所が無か
夜明け前の坂道を登って行く 白くぼんやりとした後ろ姿 幼い私の行く手には 鬱蒼と生い茂った竹藪がある 洞窟の黒い口に誘われるように 私は竹藪の中の道に入って行く 竹は両側から頭上を塞ぎ 笹の葉が微かな風に揺れている さや さや さや さや さや さや さや さや さや 笹の葉の音が頭上を舞っている 暗がりの中を歩いて行く と思ったら 私はいつの間にか 鉄橋の上を歩いていた 乗り物の絵本で見た鉄橋が 竹藪の道の進行方向に重なり トラス構造の
山の斜面の家と家の間の、曲がりくねった歩道の裏側を下りて来た暗渠は、海岸線の国道脇に立つゴミ収集ステーションの手前でコンクリートの蓋が無くなり、幅狭な水路に変わる。だがすぐにアスファルト道路の裏側を横切り、海辺の家と家の隙間に開口する。流れ落ちる水が引き潮の砂泥に浸み込み、庇の影がその上に落ちる。左右のコンクリートの縁はもう少し続き、庭先の海岸堤防の開口部で終わる。石積み造りの突堤が湾曲しながら海へ伸びて行く。遠くに島が浮かんでいる。