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— M・T君に ― 「てんぎゅうをとりにいこう」 きみがそう言った夏休みに ぼくらは残忍なハンターになる もくもくと青空に湧く入道雲 稚魚の群れが回遊する島の海を ぼくらは毎日飽きるほど泳いだ 陸に上がって濡れた体を拭いても 蝉の声の合唱に囲まれたら すぐに大粒の汗が吹き出てくる 湿気た藪に羽虫の群れが忙しく舞い 麦草の上を黄金虫が飛んで行って ぼくらの行く先は斑猫が道案内 草叢から蝮が這い出て来ると
海藻の匂いが漂い 干し蛸がぶら下がる漁村の道を おとめは エシエシ笑いながら歩く どどめ色に焼けたうなじを 苦い潮風が打つ 塩をまぶしたような髪をほつらせ おとめは よだれを拭きながら ぼろを引きずって歩く 遠い昔の寄宿舎で 島から来た同級生に聞いた話 夜のラジオからは ザ・ビートルズの曲が流れていた 教会で米粒を拾うエリナー・リグビー (寂しい人々は何処から来るのだろう) おとめの島に教会は無かったから お大師さんや虚空蔵さんのお接待で振る舞う お菓子を恵んでもらったの
あなたが 残して行ったもの 俳句を連ねた 小さなノート 若山牧水の 歌集 漱石の 虞美人草 表紙がぼろぼろの 新約聖書と 古い写真の中の やわらかな微笑み かつてあなたが 夫を見送った夜 持鈴を鳴らしながら 歌った歌が いま一度 あなたを見送る 私の耳に聴こえて来る あなたに伝えたいことがあります かつて私が 黙って本棚から持ち去った新約聖書 その栞にあなたが記していた主の祈りを 今も暗唱できます 呼び掛けても もう届くことのない 春の日に 澄ん
ゴールデンウィークの青空を飛ぶ オレンジ色のハンググライダー 少しひんやりする風が気持ちいい 漁船の繋がれた岸壁から 波に揺れる海藻が透けて見える 瀬戸内海を望む港湾緑地は 大型連休の行楽客でいっぱいだ 流行り病の行動制限は無くなったし みなさんもういろんな所へ行ってみた? 私は観光に来たわけじゃないんです 住んでる所がこの近くだから おや あんな所にレジャーシートを広げて お弁当を食べてる家族連れがいる 衆人環視のど真ん中 車道のすぐ傍なのに 他にいい場所が無か