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茹だるような夏の日、久し振りに生家に帰ると、上がり框から居間へ、居間から床の間へと、明かりを点けていても何か暗いものがうねっている。干からびた母は納戸の奥に座っている。御母堂とは他人の母親への尊敬語だから私が言うのは変だが、なるほど、痩せてはいてもがらんとした空洞を内に抱えたお堂のようだ。母と短い言葉を交わした後、暗くうねるものに突き動かされて、私は屋根裏の物置に入った。 小さな天窓から漏れる光だけが頼りの空間。ふと片隅に眼をやると、そこには埃にまみれた古い雑誌が積んであっ
つゆ草の栞を挟んで 天文航法の本を閉じたら 燕は何処にもいなくなっていた 秋はそんな風にやって来て 僕はようやく 星の高さを測定し始める けれども胸に広がる空の青さは 六分儀では測れないから 僕はひとり呟く 一体いま 終わってしまったものは 何だったのだろう * 遠くで鳴る鐘の音が 送電線を揺らす風に運ばれて 僕の痩せた頬を撫でて行く 風がささやく言葉に向かって 手のひらを差し出しても 真白い蝶の飛跡に変わって 屋根の向こうに消えて行った あれは空耳だったと
あい変わらずぼくは かなしみを知らなかったから 海辺の掘っ立て小屋に住んでいる トーイチに会いに行った 真夜中に浜の釣り舟に降りて来て 悪さをする星どもならよう知っとるど じゃがのう かなしみは知らん カンナ女に聞いてみい ゴミ捨て場でガラクタを漁りながら トーイチが言い終わった時 ぼくはトーイチになっていた トーイチのぼくは カンナ女に会いに磯浜へ行った 海髪豆腐を食べ過ぎて死んだ鳥は 水母に生まれ変わるのはよう知っとるで じゃがのう かなしみは知らん イサクンに聞い