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日々に遅れて

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詩・散文詩の倉庫03
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#光

日々に遅れて

結局やって来なかった夏の記憶は、知らず知らずのうちにうす桃色の花の蕾に封じ込められる。名前を知らない花の開花を薄明のなかで反芻しようとしても、顔の無い夜の方にするすると逃げて行き、掴もうとする手はただ宙を泳ぐばかり。 早朝のごく限られた時間だけ朝日の射す場所でしか生きられない食虫植物のモウセンゴケは、密生する腺毛に朝露を付着させ、捕らえた光虫を小さな渦巻形に丸めてから、じんわりと消化してゆく。雫から弾け跳ぶ光の予感だけが私を生かしている。 やって来なかった? いや、気が付

光る髭

レース越しにうっすらと 円い鏡の見える出窓は 雲の螺旋階段ではなかった 月から吊り下げられた ゼラニウムの鉢でも コスモスの咲く庭でもなかった ただ私を送り出す人が 立つためにある出窓   朝の舗道を歩く それぞれの 靴跡は剥がされて 風の波紋を漂っては 消えて行く方向へ 顎先は誘われて 剃り残しの髭の二つ三つに 鈍く光るものを触知して ふと佇む 灰色の敷石のうえ   花はもう 散り果てている 代わりに芥が 花を模写して舞い踊る それは小さな 螺旋階段であり 街路樹に降り注ぐ

シャリンバイ

 自宅前の歩道脇に小さな植栽地がある。十二月の夜、ヤマモモの樹の幹にホタルのような光点がびっしりと群がり、枝からはレモン色の光がグラデーションを描いて流れ落ちる。サツキとオトギリソウの植え込みでは、赤と青と緑と橙色の光が賑やかに点滅している。  だが、玄関のドアを開けて真正面に見えるのは、それらイルミネーションを背景にしたシャリンバイの、洞窟の入り口のような黒々としたシルエットだ。独り飾りをまとわず、周囲の光を捕獲し、吸収し、紡錘形に肥え太ったブラックホール。光は永遠に解き放

初夏を聴くーラップフィルム

 初夏を聴く。初夏を聴け。そんな言葉を呟きながら、初夏の風が吹くイチョウ並木の道を自転車で走る。ショッピングモールの裏手に差し掛かった時、商品搬入口の半開きのシャッターが、風に打たれてガタッと音を立てた。チラと目を遣った瞬間、白い大型犬がシャッターの上方から飛び降りて来たように見えた。そいつは段ボール箱を積んだキャリーカートの上でフワッと宙返りすると、風に押し戻されて空中で一時静止し、その後ゆっくりと地上に舞い降りて来た時には優雅な女人の立ち姿にも見えた、と思ったら風に折り畳

朝 玄関のドアを開けて 階段を降りて行く セメント工場の方角から 何かの軋む音が 聴こえて来る 時間が並ぶ順番を 決めているのだ 一階に降りて 道路に出る 左足と 右足を 踏み出すたびに 敷石が現れて 歩道が出来ていく ヤマモモの並木も 生えてきた 斜め前を はや足で歩く 足首から膝までの ストッキングと 黒いパンプス だんだん胴体も現れて OLさんが 出来つつある ぼくもそろそろ 出来上がる 頃合いだ 斜め後方に走り去る 自動車の エンジン音 残響に