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結局やって来なかった夏の記憶は、知らず知らずのうちにうす桃色の花の蕾に封じ込められる。名前を知らない花の開花を薄明のなかで反芻しようとしても、顔の無い夜の方にするすると逃げて行き、掴もうとする手はただ宙を泳ぐばかり。 早朝のごく限られた時間だけ朝日の射す場所でしか生きられない食虫植物のモウセンゴケは、密生する腺毛に朝露を付着させ、捕らえた光虫を小さな渦巻形に丸めてから、じんわりと消化してゆく。雫から弾け跳ぶ光の予感だけが私を生かしている。 やって来なかった? いや、気が付
おまえが何も 言わないから 私は冬が来ると 冷えた頬に 爪を立てて 忘れかけていた 名前を呼ぶけれど 声はひとつひとつ 空に攫われて やがて真っ白な 結晶になって 舞い降りて来る 部屋の中で 椅子に腰掛けて 空気の襞を じっと見つめる 視野を漂う 血管の細切れの幻 脊柱の後ろを 蟻が這うような 感覚を 引き剥がして 氷の壁に 投げつける たそがれる 窓に張り付いていた 遠いむかしの おまえの声の 残響が だんだん 干からびて 縮んでいって 雪の夜空に 攫われて行くのを 手
冬の朝 目覚ましアラームが鳴る のそのそ布団から這い出る あ 今日は日曜日だった また布団にもぐり込む ああ 至上の幸福それは二度寝 これを毎日体験したい アラームにスヌーズを設定する 月曜日の朝 目覚ましアラームが鳴る のそのそ布団から這い出る あ 真の起床は20分後 また布団にもぐり込む ああ 至上の幸福それは二度寝 (( カラスが鳴いてるぞ 何が悲しゅうて窓のすぐ外の電柱に止まる? カラスなぜ鳴くの? そういや黒カラスとジミー・ペイジのライブCD持ってたかな
十二月の 日暮れ時の公園で きみが見せてくれたもの これは十字架? ううん 風ぐるま? ううん 何かの飾り? ううん じゃあいったい何? あのね しゅりけん チラシを細く丸めた棒を二つ 十字形に組み合わせて セロテープをぐるぐる巻いて しっかりと固定している 大げさに叫んで逃げる ぼくの背中を狙って えいっ! きみは思いっ切り 自作のしゅりけんを投げ付ける ピューッと高く飛び上がると あんまり回転せずに ひいらり ひらり とんでもない方向に落ちて行った ぼ
まだ頬の紅い子どもの頃に 玩具のポストに投函した手紙は 頬の蒼い大人になれば 約束の樹にもたれ掛かって 恋人を心待ちにしている時にしか 配達されて来ないから 舞い落ちるイチョウの葉っぱを 一つ一つ数えながら ひとり手紙を待っていた僕は 淡いピンクの残像だけを残して コスモスの花が萎れていることに 気が付いたのでした 最後の葉っぱを見送った ケヤキは空に辿り着けなかった せめてあの雲に触れようと 枝先を尖らせて 精いっぱいに背伸びするけど どうしてそれが 僕の胸に突き刺