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結局やって来なかった夏の記憶は、知らず知らずのうちにうす桃色の花の蕾に封じ込められる。名前を知らない花の開花を薄明のなかで反芻しようとしても、顔の無い夜の方にするすると逃げて行き、掴もうとする手はただ宙を泳ぐばかり。 早朝のごく限られた時間だけ朝日の射す場所でしか生きられない食虫植物のモウセンゴケは、密生する腺毛に朝露を付着させ、捕らえた光虫を小さな渦巻形に丸めてから、じんわりと消化してゆく。雫から弾け跳ぶ光の予感だけが私を生かしている。 やって来なかった? いや、気が付
赤信号の交差点で停車した 今日は遠くの山並みがよく見える はて こんな風景だったかな? ビルが二つ取り壊されて 見晴らしが良くなったのだ 跡地は舗装されて駐車場になり その奥にコンビニが出来ている 青信号に変わって左折した 光と影のコントラストが強くて こちらの通りも知らない街みたい 橋を渡って少し走って右折して ホームセンターの園芸コーナーへ 知らない店に来たような秋の朝 知らない花の鉢を買おう
マテバシイの高枝から 蔓植物の太いのが垂れ下がっている 山の手入れで根を伐られたのだろうか 子供の頃 こんな蔓に掴まって ターザンの真似をして遊んだものだ ちょっとやってみるか えいっと飛び付く ぶら~ん ぶら~ん 枝葉がバッサバッサ揺れる 山の斜面を蹴って グオーン 戻って ぶら~ん また蹴って グオーン 戻って ぶら~ん 一回転 ぶ~らり 逆戻り ぶ~ら ぶ~ら 腕がアップアップ 着地しよう おおっと 尻餅をついてしまった ズボンをパンパン叩きながら ふと道
自転車を止めている時に気が付いた ハンドルにクビキリギスが止まっている じっと見ていても動く気配はない 尖塔のようにとがった頭 長い翅をピタッと閉じて 左右の後ろ足を高く立てている 秋にはこんなに大きくなるのか 荷物を置いたらまた見に来てやろう 玄関のドアを開けて荷物を床に置く 切り花を早く水に漬けなくては スリッパを履いて室内灯を点ける パソコンのスイッチを入れよう シンクで洗面器に水を張って 新聞紙を解いて切り花を漬ける 買って来た消耗品をそれぞれ収納して パソコ
まだ頬の紅い子どもの頃に 玩具のポストに投函した手紙は 頬の蒼い大人になれば 約束の樹にもたれ掛かって 恋人を心待ちにしている時にしか 配達されて来ないから 舞い落ちるイチョウの葉っぱを 一つ一つ数えながら ひとり手紙を待っていた僕は 淡いピンクの残像だけを残して コスモスの花が萎れていることに 気が付いたのでした 最後の葉っぱを見送った ケヤキは空に辿り着けなかった せめてあの雲に触れようと 枝先を尖らせて 精いっぱいに背伸びするけど どうしてそれが 僕の胸に突き刺
1 森林公園の広場に 熱気球が繋がれている カラフルなパターン模様に アルファベットのロゴマーク ビジュアル系の巨大坊主だ 家族連れの長い行列が ゴンドラの前から 私とみーちゃんのいるこちらへと続き 試乗の順番が来るのを待っている 子ども達は風船で遊んだり 追いかけっこをしたり 紙ヒコーキを飛ばしたり 風ぐるまを回して走ったり おとなしく待っていられない シャボン玉のひと群れが 青空に散らばって‥‥ 2 のるのいや! のるのいや! い! や!