シェア
結局やって来なかった夏の記憶は、知らず知らずのうちにうす桃色の花の蕾に封じ込められる。名前を知らない花の開花を薄明のなかで反芻しようとしても、顔の無い夜の方にするすると逃げて行き、掴もうとする手はただ宙を泳ぐばかり。 早朝のごく限られた時間だけ朝日の射す場所でしか生きられない食虫植物のモウセンゴケは、密生する腺毛に朝露を付着させ、捕らえた光虫を小さな渦巻形に丸めてから、じんわりと消化してゆく。雫から弾け跳ぶ光の予感だけが私を生かしている。 やって来なかった? いや、気が付
JR駅に行く途中 歩道に並ぶヤマモモの樹から 喋り声が聴こえて来た 葉陰を覗いてみても誰もいない 代わりに鈴なりの実を見つけた 表面にぶつぶつがあった 郵便局からの帰り道 ケヤキの下を通り過ぎる時 笑い声が聴こえて来た 見上げてみても誰もいない 青空に向かって分かれた太い枝 葉っぱがぎざぎざしていた モスバーガーへの道すがら 初夏のイチョウの群葉は こんなに鮮やかな緑色だったのか 葉陰で小さな者たちが作業している いったい君たちは何者なの? 近付いたらサッと引っ込んだ
ケヤキは自身が「逆立ちした竹箒」であることにほとほと嫌気が差している。そんなケヤキのもとに、天空から救世主として飛来するのがムクドリの群れである。ショッピングモールの入り口近くの、落下した糞で焦げ茶色に染まったガラス張りのルーフと、駐車スペースにまで達する糞でベトベトの地面は、それぞれムクドリ達が仕掛けたケヤキのメタモルフォーゼへの優れた起爆装置なのである。加えて鳴き声というNoiseの大合唱も忘れてはならない。これらが惹起する情動の激しい波立ちに襲われて、ヒトは慌ててケヤキ
まだ頬の紅い子どもの頃に 玩具のポストに投函した手紙は 頬の蒼い大人になれば 約束の樹にもたれ掛かって 恋人を心待ちにしている時にしか 配達されて来ないから 舞い落ちるイチョウの葉っぱを 一つ一つ数えながら ひとり手紙を待っていた僕は 淡いピンクの残像だけを残して コスモスの花が萎れていることに 気が付いたのでした 最後の葉っぱを見送った ケヤキは空に辿り着けなかった せめてあの雲に触れようと 枝先を尖らせて 精いっぱいに背伸びするけど どうしてそれが 僕の胸に突き刺