コアラ ――画像しりとりはじめました(#88)
(#87) 水も滴るいい男→「こ」→コアラ
尾身としのり?
誰だい、そいつは?
そいつ ↓
んー……ネタ画像見た時は、パッと見の第一印象でそう見えたのだが、こうして実際の画像と比較してみると、言うほどそっくりってワケでもないなあ(^^ゞ。
ま、ここはひとまず、似ているという前提で話を進めるとしようか←強引が過ぎる
よく、「この世には自分とウリふたつのそっくりな人が3人いる」と言われる。どこまでの相似を「そっくり」と定義するかにもよるのだろうが、地球上には現在80億人近い人間がいるのだから、そら、自分とそっくりの人間が2人や3人いても、何の不思議もなかろうもん。そう思う。
ただ、遺伝子レベルでそっくり、というか全く同一の双子を含め、そっくりさん2人を題材にした小説やドラマは、これまでに多くの作品が世に出ているが、「そっくりさん3人」が一堂に会してどうしたこうした、という話はあまり、というか、正直まるで聞いたことがない。
無論、これは単に自分が知らないだけで、本当は、こんな話があるよ、というのはあるはずなので、御存じの方がいらっしゃったら、ぜひともこっそりと教えていただきたい^m^。
広く浅い知識に限定すれば、何でもかんでもネット検索ですぐ手に入るこの御時世である、一応、ひととおりの検索ワードで調べてみたが、ヒットしたのはせいぜい『3人の信長』という映画だけだった。
ただ、この映画に出てくる「3人の信長」は、結論から言えば3人とも影武者であり、しかも、3人とも顔が全然似てないのだwww
(ちなみに、演じているキャストは、TAKAHIRO、市原隼人、岡田義徳――うん、似せる気まるでなっしんぐ(o^-')b♪)
この映画、実際にはまだ見ていないので詳細については分からないが、あらすじを見る限り、3人が3人ともそれぞれに自分が信長だと主張し (そら影武者だもんなぁ(・_・))、その3人を捕らえた今川軍は、どれが本物かを見極めようとあの手この手を尽くすのだが、容易には特定できない……というストーリーだ。
ここには、時代的な背景として、「本物の織田信長」を人定できる者がいない (*1)wということが前提条件としてあるから成立するストーリーでもあるが、だからこそ「似ていない3人」なんだろうな、という予想はつく。
織田信長で「そっくり」を扱った作品と言えば、ドラマにアニメ、映画にもなった『信長協奏曲』がある。
この作品は、現代の高校生が戦国時代にタイムスリップして、たまたまそっくりだった若き日の信長と出会い、二人が入れ替わることによって展開するストーリーである。
してみると、「そっくりさん」を扱うストーリーに「入れ替わり」という要素は、ほぼ不可欠と言っても過言ではない。
となれば、さすがに3人は多すぎるかもしれない。3人と言えども、だ。
せっかく「この世には自分とウリふたつのそっくりな人が3人いる」というフレーズは誰もが一度や二度は聞いたことのある定番だというのに、それが生かせるストーリーが難しい、というのはちょっと残念な気がする。
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この世にいるとされる自分とそっくりな人3人が一堂に会することが、フィクションであれノンフィクションであれ難しいとしても、そっくりな人1人となら、偶然出会った、という話はちょくちょく聞く。
しかし、自分とそっくりな人、それは本当に人なのか?――という話。
結論から言えば、「ドッペルゲンガー」という存在のことだ。
ドッペルゲンガーはドイツ語であり、余談になるが、頭の「ドッペル」は、大学生ならあまり耳にしたくない言葉の筆頭 (*2) かもしれない (笑)。
話を戻す。
ドッペルゲンガー (Doppelgänger) は、英語で言うと「double walker」、つまり「二重に歩く者」というのが、直接的な意味。要するに自分と全く同じ人間が、忽然と目の前に現れるという現象を「ドッペルゲンガー現象」とも呼んでいる。
この場合の「もう一人の自分」は、そっくりさんではなく、まったくの自分の「復体」である。
そして、このドッペルゲンガーの恐ろしいところは、「ドッペルゲンガーを見た者は、ほどなくして命を落とす」とされているところである。
実際、多くの著名人が、この「もう一人の自分」を目撃しているらしい。
とくに有名なところでは、アメリカ第16代大統領アブラハム・リンカーンやロ シアの女帝エカテリーナ二世、日本では芥川龍之介などもこのドッペルゲンガーの目撃者だ。
かくして、歴史が示すとおり、
リンカーンは凶弾に倒れ、
エカテリーナ二世は病を得て、
芥川龍之介は自ら毒を呷った――。
ただ、ドッペルゲンガー事例をよくよく調べてみると、実はドッペルゲンガーを見てすぐ死んでる人はあんまりというか、ほとんどいなかったりする^m^
上記の三人の著名人にしても、然り。
リンカーンは、ちょくちょく自分のドッペルゲンガーを見ていたとされ、初めての選挙の前日の夜にもドッペルゲンガーを見た、と語っているので1832年にはドッペルゲンガーを見ている。暗殺される33年も前だ。
芥川龍之介も、ドッペルゲンガーを見たのは死ぬ間際のたった一度ではない。帝劇だったり新宿だったりと、幾度も見ている。
フランスの作家、アンリ・モーパッサンなどは、自らのドッペルゲンガーと親しく交流して、時には執筆中の小説の続きをいきなり語りだす、なんてことまでしている。
こうして見ると、確かに、死の直前にドッペルゲンガーを見た、という人もいるにはいるのだが、そういう人って、ちょくちょくだったり頻繁にだったり、大抵、その前にもドッペルゲンガーを見てるわけだから――
それって、ドッペルゲンガーが死因じゃなくね?(・_・)
単純なアホの子の自分は、そう感じてならないのだ( ̄∀ ̄)。
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さて、今日の一曲。キーワードは「3人よりも2人」。
今週の1曲目、鈴木雅之・島谷ひとみで『ふたりでいいじゃない』
鈴木雅之は、定期的にデュエットソングをリリースしていることでもつとに有名である。
2007年ということは15年前だからなぁ…、島谷ひとみさんが若い( ̄∀ ̄)
おっと、今宵ももうこんな時間だ。今日もギリギリを攻めているぞ💦💦
〽ギリギリのオトナたちが
積み重ねてるすべてのもの
壊さなきゃ新しい明日は来ない
――でもね、ほっといてもあと数分で明日は来ちゃうのよ……(*´Д`)
そんなこんなで、
明日も、なるべく多くの人が
自分とそっくりな人にバッタリ出逢っても、あわてず騒がず、笑ってこんにちは♪ と言える一日でありますよう
■ おまけ
今回の画像しりとり列車 (88両目) の前の車両です。タイトル「水も滴るいい男」と右下のネタ画像で、なにこれ?て引っかかりを覚えた方がおられましたら、時間が許すような時にでも、覗いてみてやってください。