FFXIV Original Novel: Paint It, Black #11
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まとめ読み:
23.
敵の剣が褐色のヴィエラの元に迫る。
槍の柄で左に弾き、わずかにぶれた軌道を修正してそのまま前へと突く。槍斧の刃は鎧に覆われていない喉の柔らかな肌を突き抜け、致命傷を与えた。傷口から勢いよく血が吹き出し、他の味方に血を浴びせた。
血にまみれながら兵士は前へ進む。力任せに剣が振り下ろされるが、考えなしの攻撃はナインにとって無意味だ。喉に突き刺さったままの兵士の死体をそのまま横へと薙ぎ払い、一人の姿勢を崩す。回転を利用して左のもう一人へと右回し蹴りを放つ。長い脚は敵の手元に命中し、彼は強い衝撃によって右手の剣を取り落した。
そこへ矢が飛来。ロクロが放った矢はほとんど同時に二人に命中する。弦に二本の矢をつがえ、同時に放ったのだろう。どんな鍛錬を積めばそんな芸当が可能なのか、ナインには理解が及ばない。
一旦敵が途切れた。二人はコンテナの中に体を滑り込ませ、息を整える。列車はなおも揺れ続けている。
コンテナの周囲には十人ほどの死体が転がっている。最後尾に侵入者が存在することに気づいた列車の兵士たちは、ナインとロクロを排除しに殺到してきた。
貨物列車は旅客列車よりも幅が広いとは言っても集団戦闘が容易なほどスペースに余裕があるわけでもなかった。振り回す行動を封じられた剣よりも槍と弓の方が戦いやすいのは間違いなかった。
それでもこの数を相手にするのは骨が折れた。剣ほどではないにしろ、斧槍の『大きく薙ぐ』という行動が封じられるのは同じなのである。
「それでも徒手空拳で殺ってた飛空戦艦よりゃマシか」
ナインはひとりごちた。
二人が遮蔽を得るために身を隠したコンテナは荷物がみっしりと詰まっており狭い。ロクロの赤い瞳がこちらを見上げた。
「行くぞ」
「元気だな」
「そうでないと冒険者なんかやってられないものでね」
二人は外に出た。周りに敵の姿はない。増援はまだ辿り着いていないようだった。
既に列車の周囲は海だけが広がっている。海上ではさすがに速度を上げることは危険とされているようで、発車時のような勢いはない。それでも人間が走って追いつけるほどの速度ではないので、決して遅くはないけれど。
潮風がつんと鼻の奥を刺激する。船でもないのに海上を乗り物で移動しているというのは不思議な感じがした。
コンテナの側面、人間が通るために作られた通路を進む。
次の車両へ進むための連結部を飛び越えると強い視線を感じた。咄嗟に伏せると頭上から風切り音が聞こえた。視線だけを動かして見上げると、コンテナの上部に人影が見える。どうやら弓で武装した兵士がいるようだ。ロクロがすぐに反撃の射撃を行う。正確無比な矢は人影の胸に突き刺さり、崩れ落ちる。
「僕が上から援護する。きみは下を頼む」
「了解」
ひょいとロクロがコンテナの上に躍り出た。ナインの脳が勝手に昔のことを思い出そうとする。
彼女は頭を振って思考を止めた。今重ねるべきことでも、考えるべきことではない。彼女は槍を短く握り直した。
前方にガンブレードを手に走ってくる将校がいる。彼は十ヤルムほど離れた場所でブレードの銃口をこちらに向けた。引き金に指をかけ、躊躇いなく引いた。
「おせえッ!」
彼の姿を認めた瞬間、ナインは床を蹴って走り出していた。彼女は姿勢を低くして、足から敵に向かって滑り込む。弾丸は空中を進むが、そこにナインの体はない。
彼女は弾丸が通過したのを音で理解し、滑り込みの姿勢から一転、空中へと跳び上がった。そして回転蹴りが繰り出され、将校の頭に命中。脳を強く揺さぶられた彼は受け身すら取ることができない。姿勢を崩し体はふらふらと揺れる。短く持った槍が彼の胸をぶち抜いた。
ナインは彼の体を槍で支え、抱えたまま突撃する。長い耳が風になびいて揺れる。
さらに前方には長銃を構えた兵士が二人。同時にトリガーを引いてナインを蜂の巣にしようと目論むが、彼女の抱えた『肉の盾』が銃弾を受ける。分厚い肉に阻まれて、ヴィエラに弾は届かない。
彼らは慌てて近接戦闘に移行しようとするが、遅きに失した。盾を捨てたナインが跳躍。右の兵士へと槍を突き刺し絶命させる。隣の兵士が素早く短剣を抜き放ちナインに攻撃を加えようとするが、彼女は兵士の懐に飛び込んだ。一寸先ほどの距離にヴィエラの顔面が近づき、兵士の顔が硬直する。
ナインは短剣を握る右腕を掴むと、空いた右手で顎に掌底打ちを叩き込む。強烈な衝撃に兵士が天井を見上げ、一瞬力が抜ける。その隙を突いて兵士の右腕を軸に体を回転させ、彼の背中で腕を捻り上げる形に持っていく。腕と肩関節を極め、捕縛術などにも使われる体術だが、彼女は彼を捕まえたいわけではない。
「おら、ちょっといてえから覚悟しな」
ごきり、と肉の中で嫌な音がする。そのまま力を込めて敵の関節を外したのだ。
「あがあああああっ!?」
激痛に兵士が叫ぶ。短剣を取り落した腕はだらんと下がった。その場に崩れ落ちた兵士の喉を、彼女は拾った短剣で裂いて絶命させる。
これで無力化完了だ。ナインは再び槍を手にして前進を再開した。
ロクロが三人の敵を射抜いているのが見えた。
彼女に合流しようとした瞬間、周囲が闇に包まれた。まるで唐突に夜が訪れたかのようだ。
列車はトンネルへと入っていた。同時に先程まではなかった傾きも感じる。どうやら列車は地下へと降りていっているようだ。
「ここは?」
列車の走行音がトンネル内に反響してうるさい。
大声で訊くとロクロがコンテナから降りてきた。
「施設への玄関みたいなものだ。一旦降りるぞ」
「は?」
ロクロは明らかに列車の外を示している。ナインには理解できなかった。
「このまま施設の列車ターミナルに到着するところを想像してみなよ。ここから連絡が行ってるはずだ。盛大なお出迎えを受けるに決まってる」
「成程な」
だからここまで来たら一旦降りようということなのか。
しかし――。
「……大丈夫なのか?」
トンネル内はよく見れば橙色のランプが灯されているが、ほとんど真っ暗だった。正直、この下に地面があることも信じられない。
「怖いのかい?」
「んなわけあるか!」
「じゃあ決まりだ」
ロクロは身を投じ、闇の中に消えていった。
ナインの内心は不安だらけだったが、これ以上遅れては臆病だと思われてしまう。それは癪なので彼女も覚悟を決め、列車の通路から下へと飛び降りたのだった。
地面はやはり、そこにあった。
当然といえば当然の話だが、安堵する自分がいるのを彼女は認めた。目で見ることができなかったために足が付いた瞬間驚きもしたけれど。
列車はそこそこの速度を出していた上に緩やかな斜面となっていたため、彼女は勢いを殺すために数歩飛び跳ねることになったが、無事に着地することができた。先に降りていたロクロがこちらを見ている。なんだか気恥ずかしくなって彼女は顔を背けた。
「さて、ナイン」アウラの女が声をあげた。車両はようやく通り過ぎ、トンネルの向こうから走行音が遠く聞こえてくるだけだった。「これからの話をしよう」
「おう」
ナインは息を吐いて振り返った。顔は元に戻っているはずだ。
「僕らは予定通り海上施設へと進むだろう。このトンネルもほとんど施設の一部と言っていいはずだけど、入り口はまだ少し先のはずだ」
彼女は弓を背中に掛けて歩き出した。白い髪が闇の中で揺れ、ナインも後を追う。先程とは一転、トンネル内は静寂に包まれていた。自然と二人の声も小さいものになる。
「そこでコルウスとかいう野郎を見つけてぶっ殺すわけだな」
そしてスリィを取り戻す。俺はあいつと話をする必要があるんだ。
「ま、まあ殺す可能性は高いと思うけど、とりあえずは確かめることが先だ」
「何を?」
「これは僕の予想に過ぎないけれど――海上実験施設にはおそらく大量破壊兵器が持ち込まれている」
「何だって?」
「きみもアッキピオの実験棟で見ただろう? 無残な人間の死体を」
ああ、とナインは返事をした。様々な人種の男女が硝子の部屋に詰め込まれ、息絶えていた姿を思い出す。まるで飼育箱に入れられた実験用動物のような扱いだった。
「確かにくせえな。コルウスの野郎も変なことを言ってやがったし」
「『作品』とか言ってたっけね。まるで演劇に登場する悪役みたいな話しぶりだった。あんな風に話す人間は二種類に分けられる。自分に酔ってる馬鹿か、本当に悪いやつか、だ」
ロクロの話は意味不明だったが、帝国軍はまだ何かを隠している。それは確かだった。
「待て」
ナインが声を発した。前方を歩くアウラの女は足を止めた。
「何か?」
「そのまま通路の先、天井の方を見てみろ」
ロクロが赤い瞳を動かして前方を凝視した。闇に紛れて気づいていなかったが、壁際に小さな機械が仕掛けられている。それはまるで目のように周囲に首を振っていた。
「あれは?」
「監視用の機械だ。人間を検知して報せる仕組みになってんのさ。反対側に渡って、壁に背中ァくっつけて歩いた方がいい。んで、首が向こうを見てないうちにとっとと通りすぎんだ」
彼女は白髪を揺らしながら肩を竦めた。
「そんなものまで開発してたなんてね。帝国に詳しいやつがいて助かったよ」
「……もしかして、皮肉か?」
「訊かないか、皮肉で返すかした方がかっこいいと思うよ」
「悪かったな!」
二人は監視機械を慎重に避けて進んだ。
機械が仕掛けられていたのはそこだけではなく、何度も遭遇した。どうやら一定距離ごとに設置されているようなのだ。それらはいずれも黒く塗装されており、ナインが仕掛けられていることに気づかなければいらぬ戦いを強いられ、消耗していたかも知れない。これから何が起きるかわからない、できるだけ消耗は避けるべきだった。
監視機械の回避に思った以上に時間を取られたが、二人はようやく施設の入り口らしき場所まで辿り着いた。
そこはトンネルと地続きになっており、地下のままだった。真っ白な照明が扉の周囲を照らしている。
ナインはきっとそこに列車もいるだろうと思っていたが、影もなかった。突き当りの金属壁には巨大な扉が付いており、列車は物資を下ろすためにもっと奥まで入っていったようだ。人間はそこまで行かずとも、左右に備えられた階段と昇降機で移動ができるらしい。
二人は用心深く線路の敷かれた地面から駅のプラットフォームに登った。列車の様子から、敵はこちらを待ち構えているものだと思っていたが、プラットフォームに人影はない。どこかに隠れていて奇襲の機会を窺っているのかとも思ったが、その様子もない。
こちらにとっては悪いことではないはずだが、不気味だった。
貨物の整理のためだろうか、プラットフォームには魔導ターミナルが設置されている。ロクロはこれまでと同じように遺物を接続してアクセスを試みた。どうやら上手くいったようだ。彼女の手元に海上基地の地図が表示される。
基地の地図を把握しようと覗き込むと、ロクロが急にナインの方を見た。
「これからきみはスリィに会いに行くのか?」
いきなり言及されて、心臓がどきりと動いた。
「……ああ」
かろうじて絞り出した声が震えてはいなかっただろうか。
「きみが取り戻したいものか?」
「そうだ」
これは自信をもって答えられる。
俺はスリィともう一度会いたい。
会って話がしたいんだ。
「なら、行け」
「え?」
「施設の破壊は僕に任せろ。きみはスリィとやらを取り戻せばいい」
「だけど」
っていうか施設の破壊なんて目論んでたのかよ。
随分大それたことを考えていやがる。大量破壊兵器があるかもしれないというのに。
「どちらにせよ、あの機械の兵士を止めておかなければ満足に動けやしないだろうからね。もう僕がいなくても戦えるね?」
「ああ、それに関しては胸を張って言えるぜ」
もう迷いやしない。スリィと話すために、彼女と戦うことを覚悟する。たとえ彼女を傷つけたとしても、彼女を守るためにそれを実行する。
「それなら得意分野で行こう。僕は基地の基幹部を探して施設に破壊工作を仕掛ける。きみはスリィを止める。もしどちらかに大量破壊兵器があったら――死ぬ気で止める。それでいい?」
「もちろんだ」
「我ながらぶっつけ本番の作戦に呆れるよ」
「任せろ、慣れてる」
「頼もしいね」
ロクロはそう言うと、手元の遺物をナインに投げて寄越した。ヴィエラの大きな手に収まった正方形の物体は、刻まれた青い線を仄かに光らせた。
「預けた」
「は?」
「触ってみたら横に小さな出っ張りがあるだろ? それを押し込んだらさっきの地図が出る。僕はさっき頭に叩き込んだから、きみの方が必要だろう。終わったら必ず僕に返せ」
「ああ、そういうこと」意図を理解してナインは頷いた。「わかった、あとで返す」
「信じてるからな」
言うが早いか、彼女は弓を背中から手に取り、駆け出した。あっという間に階段の方へと走り、ナインの視界から消えてしまった。
ロクロはおそらくさらなる地下へと向かった。基幹部を探るとなれば、下方に行くのが効率がいいのだろう。これより先に後衛の援護はなし。頼れる相棒との別れは単純に戦闘の難易度が上がることを示しているが、ナインはいつも一人でやってきた。今更誰かを頼ろうなどとは考えていない。
彼女は長い脚を使って歩き出した。側面の昇降機――貨物を上げることができるようにかなり巨大で無骨な剥き出しのものだ――に向かった。
コルウスとスリィは上だ。遺物に表示させた地図には、ここよりも上に格納庫と研究室が存在することが示されていた。
黒い鋼鉄で作られた昇降機の制御パネルを操作する。すぐに上昇が始まった。落下防止のための柵が床からせり上がってきた。壁はないが、落下してしまうことはなさそうだ。彼女は上へ、上へと登っていく。
長いエレベーターシャフトを登りきった先には巨大な空間が広がっていた。列車はどれほど深くまで潜ったか定かではないが、ここもまだ地下なのだろうか。それとも地上部分だろうか。どちらにしても格納庫らしきこの空間には窓は一つもなく、空間内に設けられた照明だけが暗闇を照らしていた。
黒い床、黒い壁、黒い天井。光を吸収する黒色の鋼鉄で囲まれている。昇降機の柵が床へと収納されていき、完全に停止した。
昇降機の床から出ると、格納庫は無数の機械で満ちているのがわかった。魔導リーパー、魔導プレデター、魔導スカイアーマー、魔導コロッサス……その他ナインは名前も知らぬ魔導兵器たちも数多く並び、整備用と思しきキャットウォークがそれらを包み込むように宙を走っていた。
「やあ、よく来たね」
声が響く。格納庫中央部のキャットウォーク上に人間が立っている。後ろに撫で付けた長い黒髪、生白い肌を包む白衣、年齢がはっきりとしない顔。コルウスだ。
「ようやっと思い出してきたんだがよ、お前、カスカと一緒にいたやつだな?」
懲罰部隊の記憶は仲間の囚人たち以外のことは思い出さないようにしていた。だから彼のことを思い出すまで時間がかかってしまった。
元老院のカスカ議員と上官ルフスとともに執務室にいた男。全く興味なさそうに端末を弄っていた男。懲罰部隊の落下傘を改良し、いくつかの兵装を開発、供与していた男。それが足場の上に立った白衣の男だった。
「思い出してくれて嬉しいよ、隊長殿」
「ああ、あんまりにも地味で根暗なやつだったから思い出すまで時間がかかったぜ」
彼女の皮肉にコルウスは取り合わない。
「ところできみに少し夢を語ろうと思う。『彼女』のお友達のきみにね」
「俺はお前と話す義理なんかねえ。スリィに会わせろ」
「いいや、ぜひ聞いてもらう。きみには私の話を聞く権利がある」
どこから現れたのか、彼の隣には単眼の仮面を被った機械兵士が立っている。肌の露出は一切なく、後ろ髪の金色だけが印象的だった。
「スリィ……」
彼女は少しも動かない。コルウスは、スリィを人質に取っているつもりなのだろうか。何が起きるかわからない以上、ナインは動くことができなかった。
「きみは、人が死ねば世界は終わると思うかい?」
「……毎日殺し合ってるじゃねえか」
「そういう小規模な話ではなくてね、もっと大きなことだ。戦争なんかほんの少しだけ規模のある殺人事件みたいなものだよ。私が言いたいのは、霊災のような大規模な事象だ」
霊災。
西州の人間にとっては第七霊災と呼ばれる大災害が記憶に新しいという。
幸いなことにナインはイルサバード大陸で戦っていた頃の話だから、伝聞でしか霊災のことを知らぬ。だが知識としてなら、エオルゼアの地は幾度となく大災害に見舞われ、その度に多くの人間が息絶えたのだということを知っていた。
「この星は霊災を繰り返してきた。その度に多くの生物が死に絶えてきた。だがそれでも、その度に、ヒトは栄えた。第六霊災にしろ、記憶に新しい第七霊災にしろ同じことだ。しかし、それはなぜだろう? この星は不可解なことで満ちている……どれだけ少数になろうと、必ず人口を取り戻すんだ。これは西方の蛮人たちが言うように、『星の意思』とやらなのか? 何らかの加護が人類に対して与えられているとでもいうのだろうか? 私には理解できない現象だ」
「全員は死なねえからだろ」
「そう! だから全員死なせればどうなるのか! 私はそれを観察したいんだ。実際に私が霊災を起こし、間近で観察する。それが一番の近道だと思わないか?」
「できるわけがねえ」
よく知っているわけではないが、霊災とやらは大規模な地震とか水害とか、そういうものを言うはずだ。人為的に起こせるはずがない。
「できるんだよ隊長さん。私はそのために生きてきた。幼い頃から気になって仕方がなかったんだ。ずっとずっとずーっと気になっていた。全ての人間が死んだらどうなるのか、知りたかった。私はそれを知るために魔導研究者になったんだよ。そうさ、それが私のライフワークだ。そのために障害は全て排除してきた。邪魔なものは全て捨ててきた。全ては、知りたいことを知るためだ」
一つ、ナインには気づいたことがあった。
高所に立って意味のわからぬことを喚く男に訊けば答えは出ることだ。
しかし恐ろしくもあった。
確かめることは容易だが、そうすることで確定してしまう。仲間たちが生きた意味、死んだ意味が決まってしまう。
それでも、ナインは口を動かしていた。
「――お前がインパヴィダスを殺したのか?」
「ああ、懲罰部隊インパヴィダス。少し懐かしい名前だ。何度も私の作品を使って改良に役立ってくれたね。もちろん感謝しているとも。最終的にはちょっと――政治的に邪魔になっちゃって捨てちゃったけれども。それでも心から感謝しているよ。結局気持ちを伝える機会がなかったから、ここで言わせてもらおう。ありがとうね」
コルウスは恭しくお辞儀をした。
挑発かとも思えたが、本当に心から感謝しているような動きだった。
「てめえ……」
しかしナインにとってそんなことは関係ない。彼女は手を強く握り、固く拳を作った。
「議員のことは本当に残念だった。きみたちを試験部隊に取り立てたいという意思は本当だったんだよ? 私も最初はそうするつもりだった。でも、でもね、政治的に失敗した人間はガレマール帝国にとって不要なんだ。カスカ議員は目立ちすぎた。敵を作りすぎたんだよ。商売上手だったのに下手に財力があったせいかな、自信があって、敵を作りすぎた。そんな中で軍と繋がろうとしたらどうなると思う? 結果は――きみは知っての通りだね」
体内に爆薬を仕込まれて、敵の列車と懲罰部隊ごと爆破される。
カスカは一石二鳥どころではなく、三羽の鳥を落とすための石にされたのだ。一つ、カスカ議員自身の殺害。二つ、敵戦力への打撃。三つ、議員の息がかかった懲罰部隊の壊滅。帝国にとって不要となったのは懲罰部隊だけではなかった。
直接処刑しなかった理由がようやく理解できた。
「懲罰部隊も残念だったね。きみたちは優秀だったのに。だけどまあ、私も得るものがあったから、結果的には議員ときみたちが死んでくれて助かったのかなぁ。あの事件の生き残り、一際優れた生命力、生への渇望、戦闘力。どれをとっても一級品だった。私の『超人兵士』の研究に大いに役立ってくれた」
コルウスが横のスリィを見た。
「おっと、そういえばまだ紹介していなかったね。彼女は超人兵士零号。人はヒトのままどこまで強くなれるのかという、また別の疑問を解消してくれた最高の作品だ」
コルウスはべらべらと喋り続けた。
ナインの槍を握る手は、これ以上ないほどに固く握りしめられている。
「いやあ零号以前の被験者たちは本当に駄目だった。体の大半を機械に置き換えていく作業だったんだけどさ、生命力がなさすぎた。すぐに駄目になっちゃって本当に駄目だった。その点彼女はすごいよ、死にたくない、生きていたいという気持ちの強さ。意思の力が為せる技さ。やはり人間を支えるのは意思の力なんだね。どんな窮地に陥っても希望を捨てない気持ちがあれば、不可能は可能になるんだ。私も見習わなければいけないと心底思うよ」
「イカれ野郎、てめえは死ななきゃならねえ」
ナインは自分の顔が歪み、頭が熱を持っていることを自覚していたが、反対に思考は冷静であった。槍を構え、コルウスを見据える。全力で投擲すれば一瞬で命を奪える自信があったが、隣に立つスリィがそうはさせないだろう。
「残念だけど私は死ぬわけにはいかないんだ」
彼が手を振ると、スリィが動いた。
一瞬でその場から消え、ナインの目の前に現れた。手には細身のガンブレードが握られ、刃がナインに迫る。
「私のライフワークはもうすぐ成る。思えば長い道のりだった。障害は多く、解決すべき項目は多かった」
刃と槍の柄がぶつかり合う。落下の勢いを乗せた一撃は重たく、ナインの膝が沈みそうになる。
だが、それでも彼女は支えた。
スリィが完全に着地する。柄にぶつかったままの刃が向かって右側に滑り、指を持っていかれないためにナインは手のひらを広げて槍を支える。力の均衡が崩れ、彼女は柄を右に傾けた。
超人兵士の込めた力を受け流し、左側の穂先をナインに向けて走らせる。スリィはガンブレードから右手を放し、刃よりも下方の柄に、篭手に包まれた右腕を当てて停止させた。
「さあ、システムを動かそう」コルウスが言い終わると、鋼鉄の足場に囲まれた機械が稼働を始めた。「世界に向けて、災厄を解き放とう。時は来た。私の疑問はようやく解消されるはずだ」
ナインが槍から右手を放して拳を打つ。スリィの頭を狙うが、彼女は後退して回避。大きく後退しながらも彼女はガンブレードの引き金に指を掛け、引いた。銃身から弾丸が放たれる。
軌道は読める。槍を動かし、穂先で二発の銃弾を弾く。甲高い金属音を鳴らしながら背景へ弾丸が飛び去っていく。その間にスリィは体勢を立て直し、再び褐色のヴィエラへ迫る。金色の髪が軌道を描きながら疾駆する。その手に握った刃が青色の炎を帯びた。
スリィが宙に十字を描く。描かれた紋様は彼女とともに突撃を開始、ナインへと迫る。
ナインは床を蹴って加速する。十字の蒼炎が目の前まで迫ってくるが、彼女は意に介さない。斧槍を前方へと突き出したまま空気抵抗を減らし、さらに加速する。
斧槍に付与されたエーテル干渉能力が発動、青燐の炎をわずかに減衰させる。だがそれでも強いエネルギーの塊としてナインに命中する。肌が焼ける音と煙、不快な匂いが漂うが、ナインは突撃を止めはしない。
スリィには不可解だった。
敵は炎を避けて横に飛ぶはずだった。そこに銃撃を加えながら再接近し、剣撃を叩き込む。それが相手が実行するであろう行動の予測だった。
しかし――。
「この程度!」ナインが叫んだ。「痛くもなんともねえ!」
なぜ。
なぜ敵は炎に焼かれながらも。
火傷を負いながらも。
あのように笑える?
わからない。
最適解ではないはずなのに。
穂先がスリィに迫る。彼女はガンブレードを横に構えて攻撃を受ける。ナインの勢いに押され、何歩も後退を強いられた。
斧槍の刃を押し返す。驚くほど簡単に穂先が目の前から消えるが、代わりに反対側が回転して彼女の頭を狙った。機械の体は攻撃に自動反応し、剣は右側を防御するために移動する。
ガンブレードに槍が当たる。
攻撃予測、これまでの傾向から次は格闘攻撃。
しかし予想は外れる。
石突は剣を押した直後に床へと向かう。格闘攻撃はなし。そのまま剣を掻い潜って足を打つのだと理解し、合わせて剣を走らせる。
だが、ほとんど同時にナインが宙へ跳び上がっていた。地面に付いた槍を軸に体を回転させ、勢いを乗せ蹴りを放つ。
馬鹿な。
そんな無理な行動では、大した威力は出ない。最適な行動ではない。
スリィは頭部への衝撃を感じながら困惑した。
思っていた以上に重たい。そんな威力が出るはずはない。
「お前は忘れたかもしれねえけどよ、ブーツに鉄を仕込むのは俺たちの常套手段だったろ」
スリィの体は吹き飛んだ。
地面を転がり、蹴りの威力と転倒で単眼の仮面が外れて落ちる。
白い肌、青い目が覗き、彼女の顔が露わになった。
「よええなスリィ! それでも懲罰部隊インパヴィダス、言わずと知れた鬼の副官サマかよ!」
「――うるさい」
目の前の女が叫んでいる言葉の意味が理解できない。
こいつが呼ぶ名前も意味がわからない。
だが、だが。
その言葉が胸のどこかをかき乱す不快さはわかる。
「超人なんかになる前のてめえの方が強かった! 頭を使って戦え、馬鹿野郎!」
「うるさい!」
ノイズまみれの悲鳴が格納庫に響き渡った。
「てめえの本気はこんなもんじゃねえだろ!」
「ぐ、ぐ、ぐが……」
頭を押さえて彼女が呻く。
自分の中にあるはずのない名前が浮かんでくる。
その名を認識して、胸のざわめきが不快さを増していく。
「な――ナイン……!」
「本気で殺しに来い!」
「ナイン……ナイン――ナインッ!」
「来い、囚人番号三!」
「消えろ消えろ消えろぉぉおおおおおッ!」
いい! もっとだ、もっと叫べ!
ナインの心は昂ぶった。
これだ。こうでなくては。
俺たちの会話は、こうだ。
刃と刃を合わせ。
拳と拳をぶつけ。
怒号を浴びせあう。
俺たちは今、最高に会話をしている。
二つの刃が再び交差する。
衝撃にスリィの顔が歪む。
剣戟にナインの顔が笑う。
二人は獣のようだった。
続く。
次:
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